芸能界と闇社会との交流がメディアで報じられる
ヤクザと芸能人の蜜月時代は長く続きました。それがさほど社会に疑問を持たれることなく続いていたことが図らずも明らかになったのが、2008年、経済ヤクザとして知られた後藤忠政組長の誕生パーティー・ゴルフコンペでした。
小林旭、細川たかし、角川博、松原のぶえ、中条きよしらの芸能人が参加していたことが『週刊新潮』のスクープで発覚。それを受けて、NHKが番組への出演自粛を要請、騒動が広がりました。
さる資料によると、もともと後藤組長が芸能界や格闘技界に華麗な人脈を築いたきっかけは、民族派の野村秋介を介して芸能界の大物S氏と親交を結んだことであったようで、「後藤さんの席に呼び出された某有名女優がすぐに店に駆けつけたので驚いた」という程度の話は六本木界隈ではよく聞かれていたものでした。
いわば“暗黙の了解”で報じられることがなかった芸能界と闇社会との交流が、おおっぴらにメディアで俎上に載せられたのは異例のことでした。スポンサーに去られ、6億円に上る損失を被ったといわれる小林旭は、それでも雑誌(『週刊SPA!』)の取材に「後藤の親分と一緒にゴルフやって何がいけなかったの? 誰が迷惑したの?」と疑問を呈し、世間でも「持ちつ持たれつ」を黙認する風潮は残りました。
吉本興業に必要だった“禊”
しかし、なんといっても「蜜月」にとどめを刺したのはその3年後、全都道府県に暴排条例が行き渡った2011年に、山口組最高幹部との交際を理由に、人気タレントの島田紳助が吉本興業から引退を宣告された一件でしょう。
吉本興業といえば戦前、創業者の吉本せいの時代に大物浪曲師・広沢虎造の映画出演をめぐる紛争で、支援に回った山口組2代目・山口登が対立組織に刺される事件がありました。そうした歴史が示すとおり、山口組とは単なる「用心棒」の縁を越えた因縁浅からぬものがあったのです。
しかし、たとえ紳助のような稼ぎ頭といえどもヤクザとの交際を断ち切らなければテレビ業界から弾き出される時代が到来しました。東京都の条例では、過去に暴力団と密接に関係していたことを公安委員会に申告して絶縁を約束すればお咎めなし、とする規定がありましたが、紳助には適用されませんでした。