『アイアンクロー』は、実に衝撃的だ。こんなことがありえるのかと思うほど、次から次に悲劇が起きる。

 とても重い話だが感動もさせてくれるこの映画は、観た人の満足度が非常に高く、北米の観客からA24の歴史で最高評価である「A-」を獲得。400本以上の映画が上映されたロッテルダム映画祭でも、観客評価のランキングでずっとトップ10圏内に君臨していた。

ケリー・フォン・エリックのファンだった

 実在するプロレスラーの家族、フォン・エリック一家の数奇な運命を描くこの映画の脚本を書き下ろし、監督したのは、『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(11年)、『不都合な理想の夫婦』(20年)のショーン・ダーキン。

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「イギリスで育った子供の頃、僕はプロレスが大好きだったんだ。テレビで中継を見たし、雑誌もたくさん買っていた。ケリー・フォン・エリックの試合を見に行ったことは何度もある。僕は彼のファンだったが、彼は死んでしまった。その時のショックは今も忘れられない。僕はもともと、あの家族に思い入れがあったんだよ。

昨年開催されたワールドプレミアで俳優陣に囲まれるダーキン監督(右から2番目)©Chris Torres/TNS via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

 エリック家の物語を映画にしたいと思うようになったのは、知り合いのプロデューサーが新しい会社を立ち上げることになり、『作りたい映画はある?』と聞いてくれた時。それで、あらためて彼らに起きたことを振り返ってみると、まるでギリシャ悲劇のようだと思った。

 そこには多くの問いかけがある。家族の関係。アメリカンドリーム。そして男らしさについて。『男はこうあるべきだ』という間違った理想は、やはり決してためにならないんだよ」

映画では描かなかった悲劇の発見も

 映画に登場するのは、日本でもジャイアント馬場やアントニオ猪木と対戦して一世を風靡した父フリッツと、息子のケビン、デビッド、ケリー、マイク。

 ケビンの上に長男がいたことは映画の中で語られるものの、六男クリスについては触れられていない。そこまで入れるとさすがに暗くなりすぎるとダーキンは思ったというが、映画に出てこない悲劇はほかにもある。