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「遠山の金さんを見ているか」

 杉と刑務所との接点は、60年以上前に遡る。歌手を夢見てのど自慢大会に出場していた15歳の頃、地元神戸の少年刑務所などを慰問したのが始まりだった。デビュー後も一日刑務所長を何度も務め、その功績を認められて、2008年には特別矯正監を委嘱される。長い歳月の中で育まれた法務官僚との交友は、時に杉の活動を支える力にもなっていた。

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 僕が法務官僚によく言っている言葉がある。

「遠山の金さんを見ているか」

 金さんは、裁判官、検事総長、消防庁長官、法務省の矯正局長すべてを1人で兼ねているんだ。そして正しい判断をするために、普段から庶民に紛れて市井の情報を集めている。だから僕も、政治家や官僚のような影響力を持つ人たちと付き合う一方で、世間に名を知られていないけれど現場で奮闘してこの国を支えている人の所に行き、情報や喜怒哀楽を共有したい。そうじゃないと、現場の実情を知らないくせに分かったつもりになってしまうでしょう。それが一番嫌いだ。だから僕は、現場に行くことにこだわり続けている。

職員と共に刑務所内を視察する杉良太郎 ©文藝春秋

 法務官僚の中でも長い付き合いがあったのが、検事総長を務めた原田明夫(2017年没、享年77)。原田は、ロッキード事件で米司法省との折衝役を担い、鈴木宗男あっせん収賄事件の捜査の指揮を執った人物だ。

 初対面の時、原田さんは法務省の人事課長だった。仕事の件で僕の家に来てくれたんだけど、彼の顔を見るなり僕はなぜかピンときた。

「原田さん、将来検事総長になるね」

「いやいや、やめてくださいよ。そんなことはあり得ません」

「僕には分かる。あなたはきっと検事総長になる」

 原田さんはえらく恐縮していたけれど、僕の予言は当たり、2001年に検事総長に就任。お祝いを伝えに検事総長室に行った。

「原田さん、本当に検事総長になったね。まだ人事課長だった時に、僕が予言したのを覚えてる?」

 そう尋ねたら原田さんは「はぁー、恐れ入りました」と、またまた恐縮してしまった。偉ぶったところがなく、いつも穏やかな笑みを浮かべている人だった。

杉良太郎 ©文藝春秋

 前検事総長の林眞琴とも、矯正局時代からの付き合いだ。林は、旧監獄法の改正や検察改革にも取り組み、その手腕から検事総長候補とも目されていたが、刑事局長を務めていた2018年、名古屋高検検事長に転出。異例の人事の背景には、組織改編をめぐる省内対立があったと報じられている。だが2年後、東京高検検事長だった黒川弘務が賭け麻雀問題で辞職したのに伴い後任に就いた。

 林さんは信念をもって省内改革に挑んでいたのに、その熱意が伝わらなかった。彼は政治家にこびずにハッキリとものを言う人だから、上に可愛がられるタイプじゃない。だからこそ、僕は面白いと思っていた。

 黒川さんの辞任によって林さんは東京に戻って来られたけれど、それがなければ、どうなっていたか分からないだろう。だから彼が検事総長に就任した時、僕は伝えたんだ。

「林さん、本当は法務次官になって省内改革をしたかったかもしれないけれど、これでよしとしなきゃ。検事総長として、やりたいことに介入していけばいいじゃないか」

 林さんは「そのようにやっていきたいと思います」と言った。林さんのように信念を貫く人が報われる仕組みに省庁が生まれ変わらなければ、本当の意味での改革は果たせないと僕は思っている。

本記事の全文、および杉良太郎の連載「人生は桜吹雪」は『文藝春秋 電子版』に掲載されています。

 

■杉良太郎 連載「人生は桜吹雪」
第1回「安倍さんに謝りながら泣いた」
第2回「住銀の天皇の縋るような眼差し」
第3回「江利チエミが死ぬほど愛した高倉健」 

最終回「『筋金入りのお方ね』美智子さまのお言葉に感激した」