フリッツ・フォン・エリックは、「鉄の爪」の愛称で日本でもよく知られるプロレスラーだ。1966年に初来日し、力道山没後の日本プロレスでいきなりメインイベントをつとめた。ジャイアント馬場やジャンボ鶴田との血みどろの熱闘は今もファンの語り草だ。
デビューは1954年。ドイツ系アメリカ人であることからナチのギミックのヒールとして、当初から悪役に徹した。195センチの巨躯で対戦相手の頭蓋骨を鷲掴みにする「アイアンクロー」を必殺技とし、全米で人気を博した。
映画『アイアンクロー』は昭和のプロレスファンなら耳にしたことがあるだろう「エリック家の呪い」を描いた作品だ。
プロレスファンから見ても嬉しい演技、着こなし
まず堪らないのは実在のレスラーを演じる俳優たちの演技だ。パンツの着こなし、ベルトの巻き具合などは絶妙で、ファンから見ても嬉しくなる。
フリッツは現役生活と並行して息子たちをレスラーに育て上げる。そして1982年の引退後は地元のプロレス団体WCCWのボスとなり、彼らをエースに据えて黄金時代を築く。
プロレスの名門となったエリック一家だが、リング上のスポットライトの一方で、常に不幸の影がつきまとった。長男は不慮の事故により幼くして死亡。レスラーデビューした5人の息子たちは次男を残して、病死や自殺などで次々と亡くなった。これは史実である。
本作はその悲劇の裏にあったものを描く。息子たちの死は果たして偶然の連続に過ぎなかったのか?
肉体と精神を病んでいく息子たち、夢から覚めない父
物語が進行するのは、ハリウッド映画のスタローンとシュワルツェネッガーが象徴するマッチョ全盛時代である。アメリカンドリームと父権が共存した時代だ。
父の夢を叶えようとする息子たち。感動的な物語のようで、背後に見え隠れするのは、プロレスに限らず全米のスポーツ界におけるステロイドの蔓延とその副作用、さらに成し遂げられなかった栄光を子供に託す「毒親」の存在だ。
ボクの持論ではあるが「プロレスとは人生の縮図であり、リング上のレスラーとは死なない限り覚めることのない夢の途中」だ。
王座を目指すという虚構を演じる息子たちは、薬漬けの筋肉肥大とともに自意識肥大を重ね、肉体と精神を病んでいく。一方の父親は絶対権力者として君臨したまま夢から覚めることなく、歯がゆいほどに子供と妻の魂を鷲掴みに出来ないのだ。