たくらみに満ちた小説である。ジグソーパズルのかけらの一枚一枚が宙に浮かび、意思あるものとしてしかるべき場所にはめこまれていくよう。するとそこには壮麗にして奇怪な絵が次第に姿を現すのだ。
小説に描かれるのは昭和十年春から翌年二月、昭和史を揺るがす二・二六事件が起きるまでのおよそ一年間である。著者自身が種明かしをし、タイトルにも示されている通り、本書は戦後派の作家武田泰淳の『貴族の階段』を下敷きにしている。華族の娘の目を通して二・二六事件までの時間の流れを描く『貴族の階段』の枠組みにミステリーの要素を持ち込み、著者はまったく肌合いの異なるもうひとつの物語を生み出した。
ヒロインは美貌の女学生、惟佐子。惟佐子の友人寿子の死体が、富士の樹海で発見される。寿子は妊娠しており、一緒に死体で発見された陸軍中尉との心中事件として警察は処理するが、行方不明になった日に、音楽会に行く約束をしていた惟佐子には信じられない。
惟佐子は数学好き、ミステリー好き、おまけに囲碁も強い。探偵役にはうってつけのキャラクターだが、実際に調査を担当するのは彼女ではなく、幼いころ惟佐子の「おあいてさん」(遊び相手)、いまは写真家となった千代子である。新聞記者の蔵原と一緒に寿子の死の真相を探るが、そこに第二、第三の事件が起きる。
『貴族の階段』のヒロインの父のモデルは近衛文麿だったが、惟佐子の父笹宮伯爵はかなり見劣りがする。貴族院議員としても傍流で、天皇機関説攻撃の先頭に立つのも政界でのポジション確保のためという、ある意味、現代的な政治家である。贅を凝らした惟佐子の衣装や貴族の館の内装と同じかそれ以上の熱意をこめて、これでもかと彼の卑小さが描かれ笑いを誘う。
父親の像がかなり小粒になったのに比べ、娘は数段、パワーアップしている。アームチェア・ディテクティブよろしく、千代子の報告を受けて推理をめぐらす惟佐子は時折、幻を見る霊力の持ち主である。華族の娘らしからぬ性的放縦さもあり(この点は『貴族の階段』も同じ)、意のままに周囲を翻弄する惟佐子は、信頼すべき探偵というより謎のひとつとして存在する。
視点は惟佐子から千代子へ移り、惟佐子を取り巻く人々へと移っていく。さまざまな視線が交錯する先にあるのは謎めいた尼寺で、惟佐子の母方の一族、白雉(はくち)家の恐るべき物語が秘められていた。
人が作り上げた虚構が人を突き動かし、時に狂わせもする。二・二六事件をその内側から描いた昭和の物語とまったく同じ器を使って、現代にも通じるもうひとつの二・二六事件を描いてみせたのが『雪の階』である。