※この記事では、映画『すずめの戸締まり』の内容の一部に触れています。

『すずめの戸締まり』は静止と運動をめぐる作品だ。

 映画は、この世のものとは思えない神秘的な星空から始まる。小雪がちらつき、母を探して彷徨う幼い子どもと、壊れた人家が画面に登場し、その後、建物の上に乗り上げた漁船が映し出される。

 この冒頭で観客は、この映画が2011年3月11日に起きた東日本大震災と深く結びついていることを悟る。そしてこのシーンが、主人公・岩戸鈴芽(いわとすずめ)の夢であることが明かされ、物語は動き出す。

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(左から)新海誠監督と、主人公・鈴芽の声を演じた原菜乃華 ©時事通信社

鈴芽の「常世」は、失った母の記憶と結びついている

 冒頭に登場したこの風景は作中で「常世(とこよ)」のものであると説明される。「常世」とは、日本神話などに登場する、神域に属する永久不変の世界のこと。本作では、「すべての時間が存在する特別な空間で、死者の赴く場所」とも説明されている。すべての時間が存在することを象徴するように、頭上には星と太陽がともに輝き、空は朝のようにも夕暮れのようにも見える色に染まっている。

 鈴芽にとって常世の記憶は、震災で失った母の記憶と強く結びついている。すべての時間があるということは「時間が流れていない」ということでもある。映画は、鈴芽にとっての常世を、“あの日”の記憶とともに「凍った時間」として描き出す。

「空虚感」というキーワードを提示した

 鈴芽の中にある「凍った時間」は、彼女の部屋のデザインにも反映されている。

 震災後、宮崎県に住む叔母・環のもとに引き取られた鈴芽。彼女の現在の部屋をデザインするにあたり、新海誠監督から提示されたキーワードは「空虚感」だった。

新海誠監督 ©文藝春秋

 後に口にするように、鈴芽は震災を経験していたことで「生きるか死ぬかなんてただの運なんだ」と考えるようになっている。生きていることに強い根拠を感じられない、少し投げやりな心情。この感覚が「空虚感」というキーワードになったのだろう。