部屋に置かれた“壊れた椅子”
美術監督の丹治匠は、それを学習机とおしゃれからは程遠いカラーボックス2つに簡素な衣装ラックという、最低限の家具しかない形で表現した。壁にはコルクボードがあるだけで、ポスターなども飾られず、カラーボックスの上にちょっとした小物が置かれていることで、かろうじてこの部屋の主が女子高校生であることが伝わってくる。
そしてこの部屋には子供用の椅子が置かれている。母の作ってくれた椅子は幼い鈴芽のお気に入り。震災によって脚が3本だけになってしまったが、母の形見として、今も部屋に置かれている。
壊れた椅子が置かれた、空虚な部屋。ここから鈴芽の胸中にある「凍った時間」の存在がおぼろげに浮かび上がってくる。
「閉じ師」の青年・草太との出会い
この「凍りついた時間」が変化するきっかけとなるのが、「閉じ師」である宗像草太だ。草太は、常世に通じてしまった「後ろ戸」を探して、閉じることをお役目にしている閉じ師だ。 後ろ戸が常世に通じたままにしておくと、そこから巨大な「ミミズ」が現れ、現世に天災をもたらすことになる。
鈴芽は廃墟に後ろ戸を探しに来た草太と出会い、協力して「戸締まり」を行う。ところがその後、草太が子ネコの姿をした神様・ダイジンによって鈴芽の椅子に封じられてしまう。ダイジンは本来、災害を収める要石の役割を果たしていた存在だったが、勝手に逃げ出してしまったのだ。こうして草太を元の姿に戻し、ダイジンを要石というお役目に戻すため、鈴芽と草太の旅が始まることになる。
動かないはずの椅子が動き始める
動かないはずの椅子が動き始めること。この「静止」から「運動」への転換が、この映画の根底に流れている。映画は、ダイジンを追ってベランダから飛び出し、坂道を下って港のフェリーへと駆け込む椅子(とそれを追いかける鈴芽)の様子を、愉快な調子で一気呵成に描き出す。
これはもちろん旅立ちまでのアレコレをコメディ演出で省略し、物語を勢いよく第2幕へと進めようという演出家の計算であるのは間違いない。そして同時にこの映画が静止と運動の映画であることを高らかに宣言するシーンにもなっている。