「椅子=母」から「椅子=草太」への変化
本作の舞台は2023年(公開年の翌年という設定)。そこには、2011年に起きた東日本大震災をきっかけとする、鈴芽の12年分の「凍った時間」が存在している。ところが「凍った時間」の象徴でもある椅子が動き始める。
これは「椅子=母」が「椅子=草太」という変化によるものだ。動かないはずの椅子が動き始めたことで、鈴芽の凍った時間もまた徐々に動き始めたのである。
“転換点”となった鈴芽の台詞
ただし、草太は椅子に封じられたことで、徐々にダイジンの身代わりとして要石へと変化していくことになる。静止から運動への転換とともに始まった物語は、今度は椅子=草太が静止するという未来に向かって、緊張を孕みつつ進んでいく。
椅子となった草太の運動から静止への変化は、宮崎から愛媛、神戸、そして東京へと向かうふたりの旅の中で描かれる。この大きな空間の移動は、鈴芽自身が「静止」から「運動」に変化したことの現れでもある。
このような旅を通じて鈴芽は草太と心を通わすようになり、「教員になる」という目標を持った草太の人生が、要石として静止させられることに抗おうとするようになる。しかし、それは叶わず、草太は要石となる。
鈴芽の中の空虚な感覚を現すために先程引用した台詞には続きがある。
「生きるか死ぬかなんてただの運なんだ。……小さいころからずっと思ってきた」という鈴芽は、それに続けて「でも! 草太さんのいない世界で生きることが私には怖いです!!」と叫ぶのだ。ここがなりゆきのまま旅に出てしまった鈴芽が、自らの意志で静止から運動の転換を果たすポイントとなる。
鈴芽は、幼い頃の自分自身と出会う
鈴芽は自分が被災した東北へと向かう。幼い自分が通り抜けた後ろ戸を探し出し、常世に赴くことで、要石の草太を救おうというのだ。かつての自宅跡の近くで、後ろ戸を見つけた鈴芽は、その向こうへとついに足を踏み入れる。
その時、鈴芽の眼下に広がる常世は、あちこちで火災が起きていて、まるで東日本大震災の火災の風景のようだ。さらに大地は厚く泥に覆われ、被災した家屋が打ち捨てられている。幼い時に鈴芽が見た風景がそのまま残っているのは、(設定的にはともかく)常世が鈴芽の「凍った時間」そのものをあらわしているからにほかならない。
鈴芽は常世で草太を救い出し、2人は協力してすべてを収まるべきところへと収める。暴れていたミミズは常世の大地に倒れ込み、大地は草花の生い茂る穏やかな景観へと生まれ変わる。
鈴芽は、そこで遠くに幼い少女がいることに気づく。それは幼い日、母を探して常世に迷い込んだ自分自身だった。近くの草むらに、3本脚の椅子を見つける鈴芽(絵コンテには、「震災後海に流され常世に流れ着いた椅子」と説明されている)。鈴芽は、それを幼い鈴芽にわたす。