小池百合子という深淵
女性活躍、女性の時代といった言葉の数々がある。こうしたかけ声を追い風に、あるいは巧みに利用して「小池百合子」は誕生した。女性であっても公人である限り、その能力は冷静に批評されなければならないはずだ。だが、女性であるという理由で、批判が「女性に対する差別」としてすり替えられてしまう。それもまた、彼女が現在の地位を築き得た理由のひとつとなっている。
「小池百合子」は、小池百合子という、ひとりの存在によって作り上げられたわけではなく、私たちの社会が、時代が生み出したのだ。仮に小池百合子が去ったとしても、社会が変わらない限り、女にしろ男にしろ、第二、第三の「小池百合子」が現れることだろう。私は小池百合子という個人を恐ろしいとは思わない。だが、彼女に権力の階段を上らせた、日本社会の脆弱さを、陥穽(かんせい)を、心から恐ろしく思う。
「小池百合子」という深淵をのぞきこんだ時、その水底に映し出されるものは何か。それは現在の社会に生きる私たち自身の姿であろう。故に、彼女を何者かと問うことは、私たち自身を見つめ、現在の日本社会を問い直すことになると考えている。
2023年9月24日
実名証言に切り替えたわけ
※本書の単行本では北原百代さんは早川玲子という仮名にしていた。これは北原さんの希望であった。
北原さんが今回、実名に切り替えたいと考えを変えたのは、単行本の発表後も、メディアが小池の学歴詐称問題を取り上げようとしなかったことに大きなショックを受けたからである。「早川玲子という人物は、本当は存在していないのではないか」と疑う意見や、「実名でなければ信憑性は薄い」と批判する意見などがインターネット上にあり、そうしたものを目にして北原さんは苦悩した。また、昨今、ジャニーズ事務所の性加害報道において、被害者たちが実名で告発したことにより、大きく社会が動くのを目の当たりにし、北原さんは実名で証言したいという思いを抱くようになっていった。
石井と文藝春秋は、北原さんの身に危険が及ぶことがないかを確認した上で、北原さんの意思を尊重し、文庫化にあたって実名とした。
北原さん以外にも、今回、仮名から実名になった方が数名いる。また、人によって、別の取扱いとさせていただいた場合もある。証言者の思いを、それぞれ尊重して変更した。
※小池百合子都知事には単行本の出版時、文庫本の出版時に何度となく取材を申し込んだが、一度も応じてはもらえなかった。