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妻の反撃

 見ず知らずの子連れの女が、こともあろうに夫の通夜に突然現れ、しかも子供の認知を迫ったのである。腹立たしいことであったが、無視することもできない。本妻は、重い口を開かねばならなかった。夫婦間の秘密を、今ここで他人のあなたに話す必要はないのだが、あまりにも馬鹿げた非常識きわまりない話であり、遺産欲しさのために仕組んだ芝居のようで、相手にできないけれど、あなたがそう主張する以上、こちらも一応の説明はしておきましょう。落ち着きを取り戻したせいもあってか、一時荒かった語気もやがて諭すような口調に変わって、

「実は主人は無精子症だったのです」

 なんと迫力のある言葉であろう。

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 身内のものはそれとなく知ってはいたが、改めて彼女の口からこの言葉を聞いたとき、妻の哀れさを感じた。同時に、その言葉には相手の女性を十分説得させるだけの重みがあった。

 結婚この方、私どもは子宝に恵まれなかった。だからあなたとの間にも子供が生まれるはずはない。そう言っているうちに、再び感情がたかぶり、腹が立ってきたのだろう。

「でたらめを言うのも、いい加減にしなさい」

 と最後は相手を怒鳴ってしまったのである。

 切り札が出されたのだ。

愛人の用意周到さ

 ところが愛人もさるものである。ひるむどころか、かえって闘志をみなぎらせて反撃に出たのである。あなたが今、認知してくれなければ、くれないでもよいのです。私は裁判所で親子鑑定していただきますから結構です。多分こんなことになるだろうと思って、弁護士さんと相談して手は打ってあります、というのである。

 飛び込みの現場で、私はパパの骨と肉を拾って持っています。これを裁判所に提出して、血液型を鑑定してもらい、親子関係をはっきりさせます、というのである。

 万事用意周到な運びで逆襲してきた。

 自分の腹を痛めた子供がここにいる。

 母は強かった。

 相談相手にと残った身内の男たちも、意外な成り行きに、なすすべもなかった。

 結局、民事裁判にもつれ込んだ。裁判所は、愛人側から出された骨と肉を、ある著名な法医学者に鑑定を依頼した。