鑑定の結果は?
鑑定はまず骨と肉が獣のものではなく、人間のものであるか否かから始められた。数ヵ月後、結果は鑑定書として裁判所に送られてきた。
人間の骨と肉であり、骨は扁平で骨盤を形成する腸骨の一部分と推定された。血液型は骨、肉ともにB型であった。つまり支店長はB型と判断された。なお母親の愛人はO型で、その男の子はB型であった。
したがってB型の支店長とO型の愛人から、B型の子供が生まれても矛盾はなかった。しかし、支店長の子供であると判定するわけにはいかない。世にB型の男は支店長以外にごまんといるからである。
たとえば、子供がA型であれば、BとOの夫婦からA型の子供は生まれないから、この場合は完全に否定することができる。血液型はいわば否定の学問で、肯定の学問ではない。鑑定結果は、親子関係があってしかるべきである、ということになったのである。
本妻側は反論した。骨片は骨盤の一部を形成する腸骨であるというが、果たして夫は骨盤部を轢断されていたか。弁護士は警察へ行き、当時の記録を調べた。
死体所見については、これを検死した監察医の死体検案調書がなによりの証拠である。奥さんを伴い監察医務院を訪れた弁護士は、検死をした監察医に面会を求めた。
頭蓋骨は粉砕骨折し、顔面は原形をとどめないほど変形している。さらに骨盤部は、挫滅轢断状態との記載があり、腸骨が粉砕骨折して骨片となっていても矛盾はない。彼女が、骨片や肉片を拾ってきたとしてもおかしくなかった。
次なる反証
弁護士は、次なる反証に移らねばならなかった。飛び込みの現場で、骨と肉を拾ったという彼女の申し立ては本当だろうか。現場付近の住民から、当時の模様を聞いて廻った。
事件後、直ちに十数人の駅員や警察官が散乱した骨片や肉片をポリバケツに拾い集めているのを目撃しているが、その中に女性が加わっていたかどうかは、はっきりしない。そして、十数分後には電車は次々とそこを通過し、正常運転に復帰したとのことである。彼女が事件発生後、十数分以内に現場に現れる可能性はない。地理的にも不可能である。
運転手は、支店長の奥さんと会社にはすぐに通報したというが、事故発生から10分以上はたっていた。後日、拾いに来たとしても、都内の専用軌道内で、それらをうまく拾得できただろうか。その目撃者もいなかった。
いずれにせよ、論争は四分六分で本妻側は押され気味であった。最後の手段に望みを託すことにした。夫の無精子症が証明されれば、勝てると考えたからである。