「やれるなら既にNHKが…」
まだ正式に企画は通っていなかったが、その実現に向けて坂田は精力的に動き出した。技術サイドでのパートナーは、大西しかいない。それでは制作サイドのパートナーは誰にしよう。
それまで坂田は、プロデューサーとして局のシフトで決められたディレクターと仕事をしていた。しかし、この実現不可能に思える大事業を実現するためには、求心力があり、制作能力に長(た)けた「ディレクター」というパートナーが必要だ。番組をトータルで管理していくプロデューサーに比べ、ディレクターに求められるのは、具体的に番組を作り上げる力だ。
坂田は、初めて上司に頼み、パートナーを指名した。田中晃だ。一回り以上も年下だが、坂田は彼の仕事ぶりに一目置いていた。
「晃は自分にないものをたくさん持っている。あいつとやったら、きっとうまくいく」
31歳にして総合ディレクターに指名された田中は、話を聞いて率直な感想を述べた。
「箱根の山は、生中継できますかねえ。やれるなら既にNHKがやっているはずです。でも、何らかの形で中継するのは面白いかもしれませんね」
箱根駅伝ならではの課題
箱根駅伝にはさらに大きな課題があった。刻々と変化する記録と、タスキを受け継いで次々に入れ替わっていく選手たち。そのタイムや順位を速やかに表示するにはどうしたらいいのか。
駅伝にはまた、「繰り上げスタート」という独特の制度もある。箱根駅伝でいえば、東京・箱根間の約100キロを選手たちが往復するわけだが、正月三が日という時期に、この駅伝のために長時間の交通規制をするわけにはいかない。そのため、往路・復路のすべての中継所で、先頭から20分遅れたチームは次の走者を出発させる。ただし、往路の鶴見・戸塚中継所については10分とする。復路スタートは、往路1位のゴールタイムから10分以上かかったチームは8時10分に同時スタートを行う。ただし、往路のタイムをそのまま積算する。
しかしそのために、そのチームの「見た目の順位」と記録上の「実際の順位」が食い違うといったことが起こる。そのようなややこしさを視聴者にどう理解してもらえばいいのか。
そういったシステム作りの研究を、坂田は社外ディレクターの平谷修三(ひらやしゅうぞう)に依頼した。坂田はそのきびきびとした実務能力を高く評価していた。
かくして、「チーム坂田」はいよいよ動き始めた。