大西が米国留学でいなかったため、坂田は制作技術局長に相談してみた。彼は箱根駅伝に興味を示してくれ、ベテランのテクニカル・ディレクターを紹介してくれたのだが、しばらくすると前言を撤回した。
「坂田くん、箱根はあまりにリスクが高い。やめようよ」
技術の責任者としては、当然そう言わざるをえない。今ほど機材が発達していない、アナログの時代だ。一人のカメラマンと1台のカメラがあれば可能な「録画中継」に比べ、「生中継」をするには比較できないくらい多くのスタッフとカメラが必要になる。
しかもあの曲がりくねった山道が続く箱根の山では、映像を送る「マイクロウェーブ(「電波」のこと。テレビ業界では『マイクロ』と略す)」をまともに飛ばせるはずもない。マイクロは直進するため、建物や木など、少しでも障害物があると通らなくなる。だからこそ、箱根のように険しい山が続く地域での生中継は非常に難しい。しかし、テレビで映像が途切れてしまうことは、絶対に許されないことだ。その責任を負うのは技術サイドになる。生中継ではありがちな放送事故でも、箱根に限っていえば、起こる可能性が30%はある。その箱根の山を、彼は不安に思ったのだ。
不可能への挑戦
可能性が一度消えたくらいでは、坂田はへこたれなかった。技術的な問題さえクリアになれば、企画を進められるはずだ。
帰国した盟友・大西とその部下の山中隆吉(やまなかりゅうきち)をつかまえると、それまでの経過を説明した上で、坂田は熱意を込めて訴えた。
「何とかして箱根駅伝をやりたいんだ」
すると大西はにやりと笑うと、あっさり言ってのけた。
「できないことは、ないよ」
そばで山中も、少年のようなわくわくした表情でうなずいた。
「不可能への挑戦って、面白そうじゃないですか」
中継技術を知り尽くした職人肌の大西と、大学ではボート部だったというガッツのある山中。この二人が賛成してくれるなら、なんとかなりそうだ。「マイクロ」というテレビマンのタスキをつなげるかもしれない。坂田は、希望の光が灯った気がした。
「技術としてできることとできないこと。それが何かを、はっきり示してくれないか」
それを一つ一つクリアしていけばいい。大西と山中は坂田の言葉に力強くうなずいた。