『嘘つき姫』(坂崎かおる 著)河出書房新社

《小説が待ち焦がれた才能、正真正銘「待望」の初作品集》と帯にはある。

 坂崎かおるさんの初の単著となる『嘘つき姫』はまさに「待望」の短編集だ。WEB小説や公募小説賞の界隈ではすでに知る人ぞ知る存在。2020年、「大学以来久しぶりに小説を書いた」という短編「リモート」(本書収録)で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞すると、そこからの4年間で10を超える文学賞での受賞・入賞を果たす。作品集の発売を心待ちにする声は根強かった。

「公募文学賞が好きなんです。締切と決められた枚数だけがあり、作品がダメなら何の連絡もない。そのドライな感じが合っていた。最近は編集者の方に意見をもらいながら小説を書く機会が増えましたが、公募でしか得られない感覚はあると思います」

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 デビュー短編集には、それら文学賞受賞作も含めて9つの小説が収録された。処刑用電気椅子が導入された19世紀末のアメリカで、死ねない魔女が電気椅子ショーに臨む「ニューヨークの魔女」に始まり、キューバ危機間近の1962年を描く「ファーサイド」、ドイツ占領下のパリが舞台の表題作「嘘つき姫」など、現代/日本にとどまらない舞台設定が目を引く。

「自分から遠いもの、ある程度遠い国の昔の出来事のほうが書きやすいのかもしれません。自分に近い立場の知識は逆に足枷になるというか。丁寧に資料を集め、事実の描写などの責任を負うことで、物語をしなやかに書ける感覚がありますし、自分の書ける世界が広がっている気がします」

 中盤以降には、同性カップルが子育て体験キットを育てることになる「私のつまと、私のはは」、女性的な電信柱に恋をする主人公を描いた「電信柱より」など、百合小説(女性の同性愛をモチーフとした作品)が並ぶのも面白い。「百合もまた、自分の立場からは遠いもの」と坂崎さんは分析する。

「女性同士の関係、特に母と娘という関係性になぜか惹かれるんです。結果として、娘の側がどう母の呪縛を克服していくかというモチーフが多くなりました」

 本書収録作ではないが「海岸通り」は純文学誌『文學界』に掲載、『小説現代』掲載の「ベルを鳴らして」は第77回日本推理作家協会賞短編部門にノミネート中と、驚くほど幅広いジャンルから熱視線を送られている坂崎さん。だが当人はあまりジャンルを気にすることはないようで……。

「最初にSFの賞を受賞しましたが、SFを専門的に書こうと思っていたわけでもなく、ジャンルによって書き分けるという意識があまりない。むしろ小説の長さのほうが、内容に与える影響が大きいと思います」

 特定のジャンルに囚われずにいられるのは、小説としての完成度の高さこそが坂崎作品の特徴だからだろう。どの作品も含みを持たせた終わり方が絶品。積み上げられたエピソードが短編小説という枠の中で反響しあい、最後には複雑な感情が読者に手渡される。

「本が出てから様々な感想をいただきましたが、『よくわからなかったけど読んじゃった』というのがいちばん嬉しかった。プロットはほとんど作らず、書きながら展開を考えるタイプなんです。物語を一から十まで書くというよりは、たとえば一、二までを書いたら、次は突然十に行くような書き方が好み。これは短編小説だからできる方法で、長いものだと勝手が違うんですが。文学賞って長編の賞が多いんですよ。短編小説が好きなので、短編の小説賞が増えてくれればいいのにと思っています」

さかさきかおる/1984年、東京都生まれ。2020年、「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞後、日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト日本SF作家クラブ賞、ブンゲイファイトクラブ準優勝、三田文学新人賞佳作、百合文芸小説コンテスト大賞、『幻想と怪奇』ショートショート・コンテスト優秀作と多くの文学賞で受賞・入賞を果たす。本書が初の単著となる。