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 歌舞伎は舞台の幕が上がれば止まることはないが、撮影での立ち回りは一分を超えると「長回し」といえる。

「歌舞伎は一時間を超える作品であっても、ノンストップなので、アッという間なんですよ。ところが、映像作品での殺陣の一分間となると、かなりの緊張感があります。2~3分ともなれば……。相当長いものになります。その意味では映像の仕事は集中力、瞬発力が求められ、密度が濃い。そうした撮影の積み重ねが2時間近い作品になっていくわけで、ある意味すべてが『一期一会』と呼べるのではないかと思います」

強力な個性派俳優陣

 作品は出会いの積み重ねといえるが、共演者たちも個性派がそろい、作品に厚みを加えている。

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 今回、敵役となる「網切(あみきり)の甚五郎」を演じるのは北村有起哉だ。鬼平は甚五郎に再三再四、煮え湯を飲まされるが、甚五郎も鬼平に対して屈託を抱えていることが示される。幸四郎は苦笑いしながら、敵役の存在をこう話す。

©「鬼平犯科帳 血闘」時代劇パートナーズ

「網切の甚五郎、大嫌いです(笑)。本当に悪い奴なんですが、強いわけではなく、だいたい逃げているんですよ。憎たらしいけど、強いのか弱いのか、よく分からないという(笑)。そのあたりは難しい役どころだったと思いますが、北村有起哉さんご自身が『鬼平』に出られることに高揚感を感じていらっしゃって、その気持ちが映画にも表れていると思います」

 加えて、鬼平を支える人間たちが深い印象を残す。密偵・おまさ役には中村ゆり、同じく密偵の相模の彦十(ひこじゅう)を火野正平が演じる。特に今回は、おまさの動きが物語を前に進める原動力となっており、捨て身となったおまさを平蔵がいかに救うのか。物語は加速度を増していく。

 そして鬼平犯科帳の世界観を支えるものにも抜かりがない。池波正太郎の世界では、食べものが重要な薬味となっているが、今回も「五鉄(ごてつ)」は健在。軍鶏鍋屋の主人には松元ヒロが就き、そして料理の監修に和食料理人の野﨑洋光氏が入り、万全の体制が敷かれている。

京都という土地で

 撮影が行われたのは初夏の京都。毎年12月は南座での顔見世があり、歌舞伎役者にとっては大切な土地である。染五郎は「わりと京都を楽しむ時間がありました」と振り返り、神社仏閣を訪ねたり、錦市場に食べ歩きにも出向いたという。「エビフライが乗っているパフェが、意外と美味しかったです(笑)」というあたりが若者らしい。そして、幸四郎は鬼平に集中する時間を過ごせたと話す。

「何度も京都は訪れていますが、ほとんどが真冬でした。京都は暑いか寒いか、どちらかしかないと思っていましたが、今回の撮影は5月、6月で、京都にも過ごしやすい季節があることを初めて知りました(笑)。撮影中はずっと京都に滞在していたので、その期間は鬼平に集中していられたのはありがたかったです」

 祖父、叔父から受け継いだ長谷川平蔵。松本幸四郎にたすきがつながれ、「鬼平犯科帳」の物語が、いよいよ令和の時代に動き出した。

(「オール讀物」2024年5月号より転載/写真◎杉山秀樹)

いちかわそめごろう 2005年生まれ。18年、八代目市川染五郎を襲名。

 

まつもとこうしろう 1973年生まれ。2018年、十代目松本幸四郎を襲名。

INFORMATION

劇場版『鬼平犯科帳 血闘』
2024年5月10日(金)公開

山下智彦 監督作品
出演
松本幸四郎
市川染五郎 仙道敦子 中村ゆり 火野正平
本宮泰風 浅利陽介 山田純大 久保田悠来 柄本時生/松元ヒロ 中島多羅
志田未来 松本穂香 北村有起哉
中井貴一 柄本明

劇場版『鬼平犯科帳 血闘』公式ホームページ
https://onihei-hankacho.com/movie/

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