「どのくらい待つか、ご存じですか?」献腎移植の実情とは?
献腎か、生体か――。再び問われた。「献腎です。血液透析をして待ちます」と繰り返した。寺下医師は言葉を継いだ。
「献腎移植までどのくらい待つか、ご存じですか?」
腎臓移植を希望する日本臓器移植ネットワーク登録者は2023年12月末現在で1万4330人いる。「最低14年は待ちますよね」。事前に調べていたから知っていた。
「ご存じですね。でも倉岡さんの血管は糖尿病で相当弱っていて、そこまで透析でもつか確証を持てません」
寺下医師は続けた。
「生体腎移植を考えてはいただけませんか?」
体中から汗がじっとりと湧くような気持ち悪さを感じ、口が開けない。そこへ「奥様を呼んできていただけませんか」と促された。
何を言われるのか、百も承知だ。できれば呼びたくなかった。寺下医師が妻に同じ説明をした。妻は私と正反対に背筋を伸ばして、きっぱりと言った。
「腎臓を提供するつもりが、あります」
「お母様にお願いしていただけないでしょうか?」
また、言わせてしまった。動揺で意識がもうろうとし始めるが、妻からもらうつもりはない。しかし、寺下医師の話は別の方向に進んだ。
「奥様の思い、ありがたいです。ちなみに倉岡さん、ご両親はお元気ですか」
67歳の母は元気だった。
「お母様はドナーになってくださるでしょうか?」
母? いや、もう我が家では「祖母」ですが?
体から腎臓を1つ取るのだから健康体でも負担は大きい。腎臓が1つになると、腎機能は6~7割程度に落ちるという。ただ、60代後半の母の方が、40代前半の妻より人生が短いと想定される。術後のドナーの人生を考えると母の方が“適役”ということだった。「お嬢さんもいらっしゃいますし、お母様にお願いしていただけないでしょうか?」話の展開についていけず、ぼうぜんとしたまま、病院を後にした。
帰りの車で、押し黙ったままの私に妻が言った。「明日は休みだし、お母さんに聞きに行こう。私も行く。もしだめだったら、私があげるよ」
首を縦に振れず、その日は一睡もできなかった。