賭け事によってカネは「人を狂わす麻薬」へと変わる
下関ボートのある山口県下関市でその男は暮らしていた。かといってアパートに身を潜めていたのではない。ダイヤモンドが埋め込まれた岩の露天風呂まである大豪邸に堂々と暮らしていた。その屋敷はもともと安倍晋太郎の後援会長も務める地元の名士のもので、それを男は30代にして買ったのである。ずいぶんと目立つ買い物である。
そこには競艇仲間が出入りしていた。捜査員は彼らから「居間のカラーテレビの上に、銀行の帯封付きの100万円の札束がピラミッド型に山積みされている」などといった証言を得て、あのヤマガタだと確信する。
かくして事件発覚後も身を隠すことなく悠然と遊びに興じる男は逮捕される。さらには女の連絡先(電話番号)を自供したことから、警察は彼女の暮らす大阪の安アパートに踏み込み、身柄を押さえる。いわば女は、若い男の歓心を買うために不正を続け、愛の証明としてカネを貢ぎ続けたその果てに、警察に売られたのである。憐れな話だが裁判所は男に懲役10年、女に8年の実刑判決を下す。女のほうが刑が軽いのがせいぜいの救いだ。
ときを経て、週刊新潮の記者が出所後の男の様子を見に九州を訪ねると、近所の住人はこう証言する。
「今日あたりは若松競艇場にいるはずだ。この前、40万円儲けたと自慢していたが、少し前まで借金取りに張り込まれていたよ」
金づるからのカネで賭け続けた男は、刑務所に入って競艇から離れた時間を過ごしても、もはや身の丈にあった博打では満足できなくなっていたのだろう。賭け事によってカネは、マルクスがいうような価値尺度や交換価値を超え、人を狂わす麻薬へと変わるようだ。