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ギャンブルが引き起こした「滋賀銀行9億円横領事件」

 このヤマガタなる人物は、オッズが動くほどの大金を舟券の購入に注ぎ込んだ。そのカネの出どころは、女であった。正しくは、よそ様の定期預金である。女は銀行のカネを横領しては男に貢いだのだ。その額、約9億円。今日でも充分大きな額であるが、これは1973年の話である。現在の貨幣価値になおせば30億円以上になる。

「滋賀銀行9億円横領事件」と呼ばれる出来事の概要はこうだ。同行の山科支店で定期預金係をする40代の女性行員が、印影偽造などで出金を繰り返しては10歳年下の妻子ある男に貢ぎ続けたというものだ。

 ところが人事異動で女は他店に移ることになる。それまでは勝手に客の口座から出金し、客が支払いを求めて店にくると、別の客の口座を操作するなどして誤魔化すことで、バレずに済んでいた。しかし異動となるとそれができなくなるため、発覚は時間の問題だと思った彼女は行方をくらます。案の定、すぐに後任の行員が不正を見抜いて、警察に連絡し、表沙汰になるのであった。

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 被害額が大きいうえに、犯人の女が美人であることや、ふたりの出逢いがドラマチック(女が失恋をした夜、たまたま乗ったタクシーの運転手の男と、1年後にバスで再会する)であったりと話題にことかかず、弁護士で小説家・和久峻三がドキュメントノベルにしたり、ドラマや映画になったりを繰り返してきた事件である。

県警が各地の競艇場をまわり、ついに男のすみかを見つけ出すが…

 また週刊新潮が1999年に「昭和・平成『女の主役』事件史」シリーズを開始したおりには、第1回にこの事件を選ぶ。その記事(1999年7月1日号、8日号、15日号)は、男の賭博者ぶりを絶妙に書き記すもので、面白い。ざっくりとまとめていくとこんな話だ。

 消えた女を捜すため、滋賀県警の捜査員はまず銀行の同僚たちから話を聞く。すると「年中競艇場に出入りしている男と付き合っている」と彼女が言っていたとの証言を得る。当時、女性は20代半ばに結婚できないと「婚期を逃した」と言われ、「いき遅れ」と蔑まれる時代である。彼女にしてみれば、未婚だけれども彼氏くらいいるのだとアピールしたかったのだろうか。

 また銀行にヤマガタを名乗る男から彼女宛に電話が何度か掛かってきたという行員もいた。そこで捜査員たちは、大阪の住之江競艇場や滋賀のびわこ競艇場に行っては、ヤマガタという男を知らないかと聴き込みをしてまわる。するとどこにいってもヤマガタは有名であった。「オッズを見ていれば、ヤマガタが来とるかどうか分かる」や「あれは物凄い奴や。何しろ1度に200万も300万も勝負するんや」などと口々に語るのである。

 そのようにして各地の競艇場をまわるうち、ついに男のすみかを見つけ出す。