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愛媛県民しか知らない英雄・河野通有と、謎だらけの〈元寇〉を小説の主題にするのは理由があった…直木賞作家・今村翔吾が描きたかったものとは

愛媛県民しか知らない英雄・河野通有と、謎だらけの〈元寇〉を小説の主題にするのは理由があった…直木賞作家・今村翔吾が描きたかったものとは

2024/05/27

source : 文藝出版局

genre : エンタメ, 読書, 歴史

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主人公はあまり知られていない河野通有(こうのみちあり)

 主人公は源頼朝(みなもとのよりとも)から、「源、北条(ほうじょう)に次ぐ」と称えられた伊予の武士 河野通有(こうのみちあり)という男である。元寇当時の河野家は一族の内紛により、見る影もないほどに没落していた。この通有は元寇に際してある行動を取って、後の世に名を残すことになる。それを鎌倉武士や世の人たちは勇敢だと賛美したのだが、私はとても奇異な行動に思えて仕方が無かった。

今宮神社は、弘安の役の際、鷹島を守るために戦った第14代松浦答(まつら こたう)公が自刃した場所。境内には400年以上といわれる公孫樹がある

 今宮神社は、弘安の役の際、鷹島を守るために戦った第14代松浦答(まつら こたう)公が自刃した場所。境内には400年以上といわれる公孫樹がある。

 河野家と決めたのには他にも訳がある。実は同時代にもう一人、通有より遥かに著名な人物を輩出している。踊念仏(おどりねんぶつ)を広めた一遍上人(いっぺんしょうにん)である。道有とは祖父が兄弟同士という間柄で、先に挙げた一族相克の争いに嫌気がさして、伊予(現在の愛媛県にあたる)から旅立ったとされている。そして一遍は全国を遊行する中で、たびたび伊予に戻って来ていることも判っている。この時代に爆発的に踊念仏が広がった訳は、元寇による世情不安とも無関係ではないだろう。

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 この二人は一族の骨肉の争いに人生を翻弄された。身近な人たちとですら解り合うことが難しいことを痛感していたはずである。私は作家になる以前、父の会社で働いていたことがある。その中でたとえ身内といえども解り合うことが難しいことを知っている。それでも解ろうとし、解り合えない。そのジレンマに相当苦しんだ。いわば戦争とはその国家版ともいえるのではないか。身内にすら絶望した男たちの一方がそれに臨み、もう一方は踊念仏で人との繫がりを見つめる。むしろ解り合えなかった後悔が強かったからこそ、解り合える可能性を追い求めたのだと思う。今の私もまた、小説というもので人と人の繫がりとは何ぞやということをずっと見つめ続けている。それはこれまでも私の書く小説のテーマの核にあったし、今回の『海を破る者』こそその一つの答えになるのではないかと予感している。

 

 東京オリンピック・パラリンピックに続き、大阪万博、これから人口が減少するなかで移民のことも取り沙汰され、いやがおうにも世界の中の日本、人と人の繫がりを意識せねばならない時代を迎えている。そのような時世を私たちはどう生きるのか。それを考える意味でも、今この物語を書くことは必然だったのかもしれない。

 さて面白くなってきた。この人類史上空前絶後の帝国を、伊予の片田舎に生まれ、人に一度絶望した二人の男が如何に見るのか。私自身もまだ解らない。ただ彼らと共に私も一つの答えに辿り着くと確信している。

※本記事は別冊文藝春秋で連載開始時に今村さんが寄稿されたものです。

今村翔吾(いまむら・しょうご)/作家
1984年京都府生まれ。2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。18年、同作で歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞。同年「童神」(刊行時『童の神』と改題)で角川春樹小説賞を受賞。20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞受賞。21年「羽州ぼろ鳶組」シリーズで吉川英治文庫賞受賞。22年『塞王の楯』で直木賞受賞。他の著書に「くらまし屋稼業」シリーズ、『じんかん』『幸村を討て』『戦国武将伝』など多数。最新刊は、初の新書『戦国武将を推理する』。

海を破る者

海を破る者

今村 翔吾

文藝春秋

2024年5月24日 発売

愛媛県民しか知らない英雄・河野通有と、謎だらけの〈元寇〉を小説の主題にするのは理由があった…直木賞作家・今村翔吾が描きたかったものとは

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