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《直木賞受賞》30歳の時、ダンス講師を“決意の辞職”…今村翔吾(37)に小説家になる決意をさせた「教え子の言葉」

『塞王の楯』直木賞受賞インタビュー

2022/01/21

――このたびは『塞王の楯』での直木賞受賞、おめでとうございます。発表のあった昨日はずっとテレビ局が密着して、発表の前後にTBSの「Nスタ」に生出演、記者会見場の帝国ホテルまで人力車で移動される様子も放送されていました。あの人力車は自腹で用意されたそうですね。

今村 お祭りですし、僕が直木賞というものに対して特別な気持ちがあって、盛り上げたいという気持ちがあったんですよね。もちろん直木賞は有名ですけれど、あまり興味のない人にとっては過ぎ去っていくニュースの一つじゃないですか。「直木賞ってすげえんだぞ」とか、「文学賞って面白いんだよ」と少しでも知ってもらえるきっかけになったらいいなとは思ってました。自分がピエロになったとしても、出版界全体が盛り上がるのはいいことだろうな、と。

 人力車は『じんかん』の時も用意していたんです。前回は空振ったんで、乗って東京駅あたりをぐるっと回って帰っただけでしたけれど(笑)。

©文藝春秋

「直木賞の底力を見たわ(笑)」

――受賞を知らせる電話を受け取る瞬間も放送されていました。涙されていましたね。

今村 僕、過去の吉川英治文学新人賞の時も山田風太郎賞の時も、受賞の知らせに「よっしゃー」って喜んでいたんです。今回はそうならなかったですね。本当に、これまでのいろんな光景が目の前をよぎって……。一夜明けても、電話を受け取った時のことを思いだすと泣けてくる。でも、生放送で「Nスタ」の井上さんが号泣して、そっちがネットでトレンド入りするっていう(笑)。

――井上貴博アナウンサーですね。「Nスタ」では今村さんもコメンテーターとして出演されているから親交があったのですね。

今村 井上さんとは同い年で、10日くらい前に「僕ら30代の人間は、今後自分がどう人生を歩むかすごい考えてしまうよね」という話をしたんです。僕が「人生で何か残すためにまだ走りたい」みたいなことを言ったんかな。それがたぶん彼の中で甦ったんやろうな。いやー、ありがたかったですね。

第166回直木賞受賞作『塞王の楯』(今村翔吾 著、集英社)

――会見後もテレビやラジオ出演が続きましたが、その間、LINEがバンバンきていたとか。

今村 めっちゃきました。直木賞の底力を見たわ(笑)。LINEは返信しながら途中まで計算してたんやけど、たぶん500通超えてると思う。TwitterのDMでもたくさんメッセージをいただきました。ダンスの教え子とか、教え子の保護者さんが多かったです。僕、延べ2000人ぐらい教えてるんです。連絡取ってなかった教え子とかからも「お久しぶりです。今、こうやって頑張ってます」とか「勇気もらいました」とか連絡がきて。そういうのも嬉しかったですね。