文春オンライン
愛媛県民しか知らない英雄・河野通有と、謎だらけの〈元寇〉を小説の主題にするのは理由があった…直木賞作家・今村翔吾が描きたかったものとは

愛媛県民しか知らない英雄・河野通有と、謎だらけの〈元寇〉を小説の主題にするのは理由があった…直木賞作家・今村翔吾が描きたかったものとは

2024/05/27

source : 文藝出版局

genre : エンタメ, 読書, 歴史

note

 直木賞作家・今村翔吾さんの最新作『海を破る者』が2024年5月24日(金)に刊行されました。今回の主題は、750年前の元寇。なぜこの舞台に、河野通有(みちあり)という主人公を選んだのか、今村翔吾さんが語ります。

◆◆◆

 世界の長い歴史において最も大きな版図を築いた国はどこか。面積ならば第1位は大英帝国で、その国土は3370万㎢に及ぶ。だが当時の世界における人口比率で考えると20%で、大英帝国は首位から陥落する。

ADVERTISEMENT

「神風」だけではない日本の勝因

 では人口比率から考えた第1位はどこの国か。それが本作の一つの核となるモンゴル帝国である。その領土はあまりにも広大で西は東ヨーロッパから、東は中国、朝鮮半島まで、ユーラシア大陸を横断している。そして当時の世界人口の25.6%、実に4人に1人がモンゴル帝国の勢力圏で暮らしていたことになる。

 

 そのような歴史上最大の大国に、日本という国は二度も侵攻を受けたことになる。そして皆さんがご存じのように、日本はその外圧を撥ね退けた。他にもその侵攻を防いだ国はある。だがその多くが一時的で、最終的に敗れている。最後まで屈しないどころか、玄関口で追い払った国は極めて稀有である。なぜ日本が勝ったのかという理由は様々挙げられるが、街頭インタビューでもすれば「神風」という答えが最も多いのではないか。確かに野分(台風)は戦いに大きな影響を与えたが、決してそれだけではない。モンゴル帝国と他国の戦いに比べても、鎌倉武士はかなり奮闘したといえる。

 

 さてここまで話してきて、ふと疑問を持った方は多いのではないか。モンゴル帝国はなぜそこまで領土を拡張しようとしたのかということである。現在のポーランド辺りから、韓国まで、馬鹿〳〵しいほど広大な領地といえよう。1920年代の大英帝国ならば電報による連絡も取れたが、モンゴル帝国は13世紀の話である。とてもではないが統治出来るはずがない。それはモンゴル帝国も理解していたようで、国を細分化させて緩やかな連合体になっていくのだが、統治にはかなり苦労の跡が見られる。それでも彼らはとり憑かれたように、領土を広げることを止めようとしなかった。目標は世界征服だったのか。だがその世界がいかなる形をしているのかすら、はきとしていない時代である。この疑問に直面した時、私は本作『海を破る者』を書くことに決めたのだ。

長崎県松浦市鷹島町には、蒙古襲来時の遺物が展示されている