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アンジャッシュ児嶋「ヒロミさんに弟子入り志願した思い出」

“テレビっ子”児嶋一哉インタビュー #2

大竹まことの授業、斉木しげるの授業

―― 授業には色んなタレントさんが来たんですか。

児嶋 そういう風にチラシに書いてたんですけどね。大竹まことさんの顔をドーンって載せた募集チラシだったんですよ。B21の名前もあって。でもB21も来なかったし、大竹さんも1回だけですね。

 

―― 大竹さんの授業、覚えてますか。

児嶋 えっとね、2時間の授業なんですけど、大竹さん1時間遅刻してきて(笑)。で、特に謝りもなく授業が始まって「好きなタレントと嫌いなタレントをバーッと書いてみ」って言うんですよ。それで1人1人発表する。大竹さんはフンフン聞いて、最後に「こうやって色々好き嫌いあるんだよな、じゃあ」って帰っちゃった。

―― えーっ!(笑)

児嶋 結局、何の授業だったんだっていう(笑)。あ、あと、そこにいないのに斉木(しげる)さんのギャラがいくらなのかを教えてくれましたね。

―― ハハハ。その斉木さんの授業はあったんですか?

児嶋 斉木さんは意外と実践的な授業をしてくれたんですよ。エチュードっぽいことをやったような気がします。でも、考えて見たら講師陣も大変だったと思うんですよ。大阪にはよしもとのNSCがありましたけど、東京にはお笑いの養成所がなかった時代なので。JCAって関東初の養成所なんですよね。だから、お笑い目指している若いのに何を教えたらいいんだって、手探りだったと思う。しかも僕らは「ネタ見せ」するよりもっともっと前の段階だったので、何の基礎もない奴らに教えるのは難しかったんだろうなって。大竹さんの気持ちもわかる気がします、今では(笑)。

 

―― 児嶋さんが渡部さんを誘ってコンビを組むことになりますが、渡部さんはJCA2期生になるんですか?

児嶋 うちの養成所は2年制だったんですけど、渡部は僕が通い始めて1年経った頃に連れて行ったんですよ。だから2期生扱いになるんだけど、実はこっそり1期生時代から一緒に通っていたんです。社長にも「こいつと組みます」って言っていたし、事務所所属扱いになったのも早かった。だから、あいつはたぶん、養成所のお金もほぼ払わないまま事務所に入ってるんじゃないかな。そんな感じで、2人でアンジャッシュを結成したのが1993年のことですね。

 

#1 アンジャッシュ児嶋が明かす「コンビ解散を決めたあの日の夜」
http://bunshun.jp/articles/-/7054

#3 結成25年アンジャッシュ 本人が語る「児嶋だよ!」で見つけた“居場所”
http://bunshun.jp/articles/-/7057

写真=平松市聖/文藝春秋

こじま・かずや/1972年、東京・八王子市生まれ。人力舎のお笑い養成学校「スクールJCA」の1期生。93年、高校の同級生である渡部建と「アンジャッシュ」を結成。俳優としても活躍し、黒沢清作品『トウキョウソナタ』『散歩する侵略者』、園子温作品『恋の罪』などにも出演。日本プロ麻雀協会第3期プロ試験合格の「プロ雀士」でもある。

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