『ボキャブラ天国』に始まる90年代以降のお笑いブームをくぐり抜け、結成25年を迎えたアンジャッシュ。すっかり「いじられキャラ」になった児嶋一哉さんが、その居場所を見つけるまでの秘話を語ってくれました。てれびのスキマさんによるインタビュー。(全3回/#1、#2より続く)
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くりぃむしちゅー・上田晋也という人
―― デビューして3年目くらいの『ボキャブラ天国』ブームの時に、くりぃむしちゅー・上田さんの家に居候されていたと伺いましたが、当時、海砂利水魚時代の上田さん、有田さんが売れていくところを間近で見て、どんな気持ちだったんですか?
児嶋 僕が居候してたのはボロボロのアパートでしたけど、売れていくにつれて変わっていく上田さんの家、全部見てるんですよ。なんかスゲーなって、ただただ思いますね。「成り上がったなー。夢あるなー」っていう。
―― 成り上がった感。
児嶋 でも、あの人って売れてることについてとか、お金のこととか考える人じゃないっていうか、そのへんについては無頓着なんだよな。そこがカッコいいんですけど。お互い売れてなかった時代に、上田さんがわざわざ消費者金融でお金をおろして、僕にご飯おごってくれたこともありました。
―― へぇー!
児嶋 いまだにその関係性で、2年前だったか、海外旅行までプレゼントしてもらいました。うちの夫婦の分、全部出してもらって。
―― それは何かの記念日だったんですか。
児嶋 いや、全然。「今度の休み何してる?」「いや別に決まってないです」「じゃあ一緒にシンガポール行かねぇか」「ああ、いいっすね」「じゃあちょっとパスポートを教えろ、こっちでやるから」。それで上田さん、手続きからホテルの手配まで全部自分でやっちゃって、お金も出してくれて。
―― すごいですね!
爆笑さんと、くりぃむさんの活躍を見て「この世界、嘘じゃないな」って
児嶋 お笑いスターの階段を、ものすごいスピードで駆け上がっていくのを間近で見させてもらいましたよね、くりぃむしちゅーさんには。あと『ボキャブラ天国』以来、近くで見ているという意味では爆笑問題さんにも夢を見ましたね。ライブでは『アーバン寄席』とか、爆笑さんが出てる『ラ・ママ(新人コント大会)』とか、爆笑さんもネプチューンもくりぃむしちゅーも出てた『東京ギャグコレクション』とか、そこで戦うみたいなのがあったんですけど、「この人らに勝てば」っていうのが全てでした。
―― 目標の2組だったんですね。
児嶋 くりぃむさんも爆笑さんも、所属は大きな事務所ではないけど、だからこそ、こんな凄すぎる2組が売れなかったらお笑いの世界ってちょっと嘘だろうなって、本気で思ってました。だから、2組とも売れっ子になるのを間近で見ていて、「この世界、嘘じゃないな、けっこう純粋なんだな」って思いましたね。