俳優・歌手の夏木マリといえば、カッコいいイメージが強い。2010年代以降、女性誌で「カッコいい女性は?」とアンケートをとると、必ずといっていいほど彼女が上位に入ってくる。昨年(2023年)放送されたCMでの「Uber Eatsでいいんじゃない?」というセリフも、さりげなく言っているにもかかわらずカッコよかった。

 きょう5月2日はその夏木の誕生日である。今年で72歳を迎えたが、その年齢の重ね方もカッコいいと思わせる。出演作品でも、NHKの朝ドラ『カーネーション』(2011~12年)で、ヒロイン(ファッションデザイナーの小篠綾子がモデル)の老年期を好演したあたりから、年を重ねてもなおバイタリティに満ちた女性の役が目立つ。

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宮﨑駿にかけられた言葉

 老婆の役でいえば、声優としてはすでに『カーネーション』の10年前、宮﨑駿監督のアニメーション映画『千と千尋の神隠し』(2001年)で湯婆婆と銭婆の2役を演じていた。夏木は一昨年初演の舞台版にも同役で出演し、今年も目下、ロンドンで公演中である。

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 映画版での湯婆婆の声入れに際し、夏木はいくつもの演技プランを用意していき、《ある意味、意気込みすぎてガチガチに肩に力が入った状態》でのぞんだという(『熱風』2022年4月号)。監督の宮﨑はそんな彼女の様子に気づいたのか、「スタジオジブリには鈴木敏夫というプロデューサーがいる。彼は悪いやつじゃないんだ。ただ、仕事は一所懸命やるやつなので、ときには悪いやつに見える。でも、本質はしっかり仕事をする人なんです」と伝えた。

 夏木はこれを聞いて、自分のなかにあった力みがふっと解け、《湯婆婆という人は魔女だけれども、ようするにちゃんと仕事をする女性なんだというね。類型的な“悪役”から、もっと身近な生身の人間を演じることへスイッチが切り替わった》と語る(『熱風』前掲号)。

初映画でヌードに

 監督から力みを解かれるということを、夏木は初めて出演した映画『鬼龍院花子の生涯』(1982年)でも経験している。このときの監督は五社英雄、彼女は仲代達矢扮する侠客と敵対する組の姐御という役どころであった。彼女は後年、次のように振り返っている。

《初台詞を言う時に、きっとビビってたんでしょう。五社さんが私を呼んで「君は歌手だよね」と。「歌手でいろんな舞台ふんでるよね。そういう思いで、これは舞台だと思って思い切って行けばいいんだ、思い切って。みんなもカボチャだと思え」とおっしゃって。「演技とかそういうことじゃなくて思い切って行きなさい」ってことをアドバイスされて》(春日太一責任編集『五社英雄 極彩色のエンターテイナー』河出書房新社、2014年)

初出演映画『鬼龍院花子の生涯』(1982年)ではヌードシーンにも挑んだ。主演は夏目雅子

『鬼龍院花子の生涯』では仲代の前でヌードになる場面もあり、撮影当日にそれを知らされた。それでも五社が現場の隅に呼んで、納得のいく説得をしたうえ、撮影スタッフも必要最小限だけ残して、あとは人払いしてくれたおかげで気持ちよく撮影にのぞむことができたという。