沈没した豪華客船「タイタニック」の観覧ツアーをおこなっていた会社の潜水艇が、水圧に耐え切れずに圧潰、乗員・乗客5人全員が亡くなる事故はなぜ起きたのか? 重大リスクを軽視してしまう人間の性質を、関西大学教授の藤田政博氏の新刊『リーダーのための【最新】認知バイアスの科学 その意思決定、本当に大丈夫ですか?』(秀和システム)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
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誰も確認しなかったことで死亡事故に発展
正常性バイアスは災害時など、緊急時に生じるバイアスですが、このようなバイアスは日常的にも生じ得ます。
このバイアスは、自分の将来や身のまわりの環境について「いいことは起き、悪いことは起きない」と楽観視してしまうことですが、これを「楽観バイアス」と言います。
社会心理学者は「楽観バイアスが災害場面で発揮されると正常性バイアスになる」と説明しています。つまり両者は、本質的には同じものです。
楽観バイアスも、精神的な安定を求めるために生じます。そのほうが生き残りに有利だからです。たとえば「自分はいつ死ぬのか」と、悲観しながら過ごすより「今日も明日も生きていけるだろう」と思っていたほうが、前向きな行動を取りやすくなります。
とはいえ、楽観バイアスが原因の一つとなって、死亡事故に繋がる事件が起きたと思われる事例もあり、無視はできません。近年で言うと、2022年9月に静岡県で起きています。
3歳女児がバスに置き去りされ死亡
3歳女児がバスに置き去りにされ、熱中症で死亡してしまった事件です。
バスを運転していた園長(当時)ほかの記者会見によると、(1)乗降車時の人数確認、(2)複数人での車内点検、(3)最終的な出欠情報の確認、(4)登園するはずの園児がいない場合の保護者への連絡のすべてを怠っていたそうです(讀賣新聞2022年9月8日)。
バスにおける子どもの置き去り事故は日本以外でも起きており、日本でも2021年に福岡県で発生し、社会的な問題にもなりました。静岡県での事件は、その後再び起きました。
こういう事件は楽観バイアスが原因になることがあり得ます。
この事例を、楽観バイアスに当てはめて考えてみると、(1)は「毎回確認しなくても大丈夫だろう」、(2)については「ほかの人が確認したから大丈夫だろう」となり、(3)は「出欠情報を確認しなくても大丈夫だろう」で、(4)も「保護者に連絡しなくても大丈夫だろう」などと、つい楽観的に考えてしまうのです。
報道によると、バスを運転していた元園長や添乗していた職員は、二人とも子どもが残っていないか確認しませんでした。また当時の担任は、女の子が登園していないことに気づいていながら、無断欠席と思い込んでいたそうです。死亡した女の子は、それまで無断欠席を一度もしたことがなかったそうです。