腰の引けた対中外交、慰安婦像乱立の大罪、北方領土交渉の失敗、米国にNOと言えない日本......。昨年末に外務省を退官した前駐豪大使の山上信吾氏は、新刊の『日本外交の劣化 再生への道』で、自身が関わった事案も含め、近年の日本外交の劣化ぶりを赤裸々に綴っている。「本書は私の遺言である」という山上氏はなぜ古巣に鉄槌を下す決断をしたのか? 同書より一部抜粋して山上氏の真意を紹介する。
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2020年末、私は豪州のキャンベラに日本大使として赴任した。それまでの「外務官僚」から「外交官」へとギアを完全に切り替えた。年々日本にとっての重要性が増しているオーストラリア。そこでの日本大使は実にやり甲斐に満ちていた。南半球で「一隅を照らす」との気持ちで、2年4か月間、120パーセントの力で駆け抜けた。人脈構築、情報収集、対外発信の三面にわたり、一球入魂の気持ちで毎日全力投球した。その模様は、昨年7月に出版した『南半球便り 駐豪大使の外交最前線体験記』(文藝春秋企画出版部)や、今年2月に出版した『中国「戦狼外交」と闘う』(文春新書)に詳しく記したとおりである。
3人の首相経験者からのプレゼント
着任後2年近く経ったある日、かつて駐日大使を務めた豪州人から、こう言われた。
「シンゴ、素晴らしいパフォーマンスだ。歴代で最高の日本大使だ。オーストラリアは貴使を大使に迎えることができ、本当に幸せだ」
これ以上はない過分な賛辞だった。もちろん、社交辞令でもある。
20年以上遡れば、駐豪大使経験者には大河原良雄(後の駐米大使)、柳谷謙介(後の外務次官)、佐藤行雄(後の国連大使)など、錚々たる大先輩が綺羅星の如く並んでいる。豪州全土を飛び回り身を粉にしていた姿を見ていてくれた人がいたのだと思うと、率直に嬉しかった。
そして、2023年4月。キャンベラの日本大使公邸で行った離任前の夕食会に駆け付けてくれたのは、トニー・アボット元首相(在任期間は2013年9月~15年9月)だった。豪州をはじめとする主要国にあっては、現職の閣僚もそうだが、ましてや元首相クラスが日本大使公邸に出向くのは滅多にあることではなく、光栄の極みだった。その上、予想もしなかったことに、ジョン・ハワード(在任期間は1996年3月~2007年12月)、アボット、スコット・モリソン(在任期間は2018年8月~22年5月)の3人の首相経験者から私への合同の餞として、腕時計をプレゼントされたのだ。