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前駐豪大使「これは私の遺言です」古巣・外務省を批判する理由

2024/05/13

source : ノンフィクション出版

genre : ニュース, 国際, 政治, 読書

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 外務省という組織の中にこれ以上居場所が与えられないのであれば、野にあって問題を提起し、少しでも劣化を食い止める、さらには、この潮流を逆転させるべく、できることがあるのではないだろうか。それこそが、組織の劣化をいやと言うほど見てきた者が果たすべき務めではないだろうか。

 こうした気持ちを抱きながら、入省後40年の節目に役人人生に終止符を打つこととした。この本は、そのような問題意識に立って、劣化の現状に光を当てるとともに、改善に向けて日本外交の現在、そして将来の担い手に対する思いの丈を伝えるものである。霞が関が「ブラック」な職場であるとの昨今の風評に対する、私なりの答えであり、問題提起でもある。

『日本外交の劣化』(山上信吾)文藝春秋

「政治主導」で官僚の士気が低下

 本書の内容は、長年にわたる外交第一線での実体験や見聞に基づいているが、特に、2つの局長ポスト時代、そして駐豪大使時代のものが主要なベースになっている。これらのポスト在任中には、部下や後輩へ私なりにアドバイスや厳しい訓示をしたことも、たびたびあった。染みついた組織文化に抗して、変えなければならないこと、改善したかったことが多々あったからだ。とりわけ、日本にとって外交の役割が年々重要になってきているにもかかわらず、「政治主導」の掛け声の下で顕著になってきた官僚の士気の低下、永田町・霞が関における外交当局の地盤沈下と実際の外交現場での惨状に対する強い危機感がある。そうしたメッセージのすべてを、この本に込めたつもりである。

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 1984年の入省以来、40年もの長きにわたり奉職し、人生の大きな一部であった組織に対する愛着はもちろんあるし、懐かしさもある。同時に、辞めた今だから率直に言えるが、この間常に「何かが違う」との違和感と居心地の悪さを覚えてきたことも事実である。自分の属する組織でありながらも、全く無機質で取り付く島がない組織でもあった。

外務省は「小さな井戸」

 実は、外務省の主流を歩む人間は、まず他省庁などに出向しない。したとしても、外務省と一体化しつつある国家安全保障会議(NSC)の事務局や内閣官房にとどまる。幸いなことに私は、比較的恵まれたコースを歩んだ外務省の人間としては珍しく、内閣官房のみならず、警察庁(勤務は茨城県警)、国内最大のシンクタンクである日本国際問題研究所といった機関に出向を命じられてきた。そのたびに、外務省とは異なる確固とした組織文化、仕事の流儀を持ち、赫々たる成果を上げている組織や個人に学んできた。そして、自分が如何に小さな井戸の中で小賢しげに泳いできたかを痛感させられた。「入る役所、就く職業を間違えたのではないか」と感じたことも、一度ならずあった。

 そうした経験も踏まえ、日本の外交当局や外交官のどこが優れ、どこが劣っているのか、何ができていて何が足りないのかも、まとめてみることとした。

 また、本書で記した幾つものことは、外務省という狭い枠を越えて、他の省庁や民間企業にもかなりの程度当てはまる話ではないかと感じている。そうした他の組織にあって、国を思い、志を共にする侍や大和撫子が少なからず活躍していることも目の当たりにしてきた。そうした方々にも興味を持って読んでいただけるとしたら、望外の喜びである。

日本外交の劣化 再生への道

日本外交の劣化 再生への道

山上 信吾

文藝春秋

2024年5月14日 発売

前駐豪大使「これは私の遺言です」古巣・外務省を批判する理由

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