エセ医療を国が公認
がん治療に関わる真っ当な医師たちは、エセ医療に対して苦々しい思いを抱いているが、自分の患者がエセ医療を希望した時に、強く引き留めはしないだろう。
正しくはできない、と言うべきかもしれない。なぜなら、2014年に施行された「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(以下、再生医療等安全法)」で、自由診療の免疫細胞療法が公認されたからだ。当時の安倍政権が、再生医療を成長戦略の一つに掲げて、有効性が確立していない免疫細胞療法を、患者が高額な費用を負担して行うことができるように認めたのである。以来、この法律は世界標準のEBMを無視して、エセ医療を国が公認した“天下の悪法”といわれるようになった。
がん医療の専門家の中には、前出の勝俣範之教授のようにエセ医療に対して警鐘を鳴らす人もいる。こうした医療現場からの指摘を受けて、厚生労働省も重い腰を上げ、医療法を改正して、悪質なエセ医療を抑え込む戦略を計画した。具体的には、患者に誤解を与える表現や誇大広告、そして症例画像を広告に使用することを禁止するなどの方針を打ち出したのだ。
しかし、同法の改正を議論する有識者会議で、自由診療クリニックの顧問弁護士が「限定解除」という例外規定の追加を要求したことで、骨抜きの法改正となってしまった。
“金のなる木”と言われるエセ医療は規制されるどころか、国のお墨付きまで得て、患者の懐を狙っている。こうした状況だからこそ、私たちは正しいがん医療とエセ医療を見分ける判断力を養う必要があるのだ。
遺族の嘆き
がんに罹患した著名人が、自由診療のがん治療を選択するケースが後を絶たない。市場原理では、高額なほど質の高い“サービス”が受けられるので、がん医療を同じ感覚で捉えているのだろう。医療とは基本的に社会福祉であり、日本は公的保険制度で誰でも公平に最善の治療が受けられる。しかし、自由診療は基本的にエビデンスなき医療であり、莫大な治療費に見合う効果は無きに等しいのだ。
命の瀬戸際に追い詰められた患者に向かって、エセ医療を行う医師たちは、どのような言葉で語りかけているのか。効果が証明されていない治療で、高い費用を払わせることに罪悪感は抱いていないのか。その本音を知るために、私は彼らと対峙してきた。同時に、これまで口を閉ざしてきた患者やその家族の声を聞くために、各地を回った。
「あの治療は一体何だったのか、果たして治療と言えるのか。思い出すたびに苦しくなります。私たちと同じような思いを誰にもしてほしくありません」
エセ医療を選んでしまった患者の遺族は、私の取材に応じた理由をこう述べた。今は亡き患者の方々も、きっと同じ想いを抱いているはずだろう。
最善の選択をするために、エセ医療という最悪の現実を知ってもらいたい。