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エセ医療の代表格

 その代表格というべき存在が、「免疫細胞療法」である。かつては次世代のがん治療と期待され、1990年代から2000年代にかけて大学病院などで数多くの臨床試験が行われた。様々な種類があるが、基本的に患者から採取した血液の免疫細胞を増やしたり、活性化してから体内に戻す治療である。結局、免疫細胞療法は臨床試験で有効性が立証できず、保険診療として認められなかった。そして、がんには効かないというエビデンスだけが残ったのである。

 だが、一般の人は、こうした歴史を詳しくは知らない。

 保険診療が、有効性のエビデンスを厳しく審査されて承認されるのに対して、自由診療の治療法には何も審査がなく、医師の裁量に委ねられている。だから、がんに効かないことがすでに判明した、昔の免疫細胞療法をあたかも“最先端のがん治療”と称して、患者から高額な費用を取ることさえ可能なのだ。

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 世界の医療現場には、EBMという概念が普及して久しい。エビデンス・ベースド・メディシンの略で、直訳すると「科学的根拠に基づく医療」である。つまり、エセ医療は、EBMとは真逆の存在なのだ。

 読者のなかには「自分は論理的な思考をするので、そんなエセ医療に騙されることはない」という自信を持っている方もいるだろう。だが、実際にがんと直面すると、人は冷静さを失う。「死」がすぐ背中に迫っている焦燥感に駆られ、普段であれば考えられない選択をしてしまうのだ。

『がん「エセ医療」の罠』(岩澤倫彦 著/文春新書)

医師でさえも騙された

 例えば、ある国立大学の教授は、がんが転移した時に標準治療と比較したうえで「免疫細胞療法」を選択した。だが、治療効果は何もなく、がんが進行した末に亡くなった。親しい友人によると、エビデンスの確かな標準治療を受けていれば、十分に完治できる可能性があったという。私はその教授を個人的に存じ上げていたので、後にその顛末を聞いて驚いた。極めてインテリジェンスの高い方で、医学的な知識も豊富だったからだ。それでも、エセ医療に騙されてしまうのである。

 また、ステージ4のがんを抱えた元大学教授の消化器外科医が、免疫細胞療法を選択したケースもある。その方も治療の効果は全くないまま、亡くなった。一般よりも医療に精通している医師でさえ、エセ医療に誘引されてしまうのだ。命の瀬戸際に追い詰められた精神状態になると、誰でも冷静な判断ができなくなる。