「いいから、俺のやり方に従え」
なかでもあるご家族との出会いは、私にとって忘れられない経験となりました。
ある日、在宅で療養を続けていた高齢女性のAさんが、誤嚥性肺炎を起こして入院してきました。Aさんは寝たきりの状態で代謝が悪く、体重も増える一方でした。そして彼女の傍らには、ぴったりと付き添う小柄で細身の高齢男性の姿が。いわゆる老老介護でした。
ある日の面会中のこと。私がAさんの体の向きをかえようとすると、「ちがう!」と突然旦那さんに大きな声で怒鳴られました。「やり方が違う。俺がやる方法でやらないと、妻は嫌がるんだ。見てろ」。そう言って、旦那さんはベッドの上に乗って立ち上がりました。病院のベッドはそれなりに高さがあるので、転落してしまったら大変です。慌てて止めようとする私たちを振り切り、「いいから、俺のやり方に従え。ずっと妻を看てきたのは俺だし、これからも俺が看るんだから!」とものすごい剣幕で怒鳴ります。そして寝返りを補助する体交シーツを両手でつかみ、全身を使って体の向きを変えました。その鬼気迫る様子に、私たち看護師は圧倒されました。
それ以来、旦那さんは、体位交換にかぎらず全てのケアに細かく指示を出すようになりました。
「歯の磨き方は俺の言うとおりにしろ」
「肌に塗るのはこの化粧水以外だめだ」
「いいから、俺のやり方に従え。小娘は黙ってろ」
正直、これらの言葉は、私たちの医療に反発するわがままのように聞こえました。看護師のことを見下し、否定しているのだと。入院しているのだから、看護師のやり方を守ってもらわなければ困るし、患者さんに危険があってからでは遅い。看護師たちの反応はみな同じでした。