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なぜ小説を書くのか
在職中も、『ナースの卯月に視えるもの』の執筆中も、そして刊行後の今も、正しい看護とは何だろう、と考え続けています。もちろん、医学的な正解は教科書に載っています。しかし、全ての症例について、教科書に書いてあるわけではありません。少なくとも、大きな体の寝たきりの妻を、ひとりで体位交換する方法は教科書にはありません。細身の旦那さんは、ベッドの上に立つしかなかったのです。そしてそれは、ひとりで介護をしながら、必死の思いで旦那さんが生み出した方法だったのです。
院内で様々な医療スタッフと関わり合っていくうちに、これまで頑なにひとりで介護を抱え込んでいた旦那さんも、誰かの助けを借りることの大切さに気がついていきました。やがて訪問看護を併用すれば在宅でも看られるところまで回復したAさんは無事に退院していきました。
患者さんの病気も、介護する家族も、ひとりひとりが違います。個別性、という一言では片付けられないほど、全員がまるで違う人間なのです。Aさんと旦那さんとの日々を通じて、私はそのことを本当の意味で理解することができました。
だからこそ、小説を書くとき、患者さんと同じくらい、ご家族のことをしっかり書こうと思っていました。そしてこの本が、大切な人とのかけがえのない日常や小さな幸せを慈しむきっかけとなったら嬉しいです。