世間は新卒採用活動の真っ只中だが、募集要項を見ると、どの企業も判で押したように学生に「コミュニケーション力」を求めている。今回はこれほど重視されているコミュニケーションについて考える新刊新書を選んでみた。
先生、マクっていいですか? 一緒に歩いていた男子学生に真顔で聞かれた女性教授は、思わずスカートの裾を押さえたという。窪薗晴夫『通じない日本語』(平凡社新書)が引く例だ。種を明かせば、「マクる」は「マクドナルドで買い物をする」を短縮した若者言葉だった。
日本人同士なのに話が通じない。その原因の一つが日本語の変化が均質でなく、世代や出身地によって言葉使いが異なることだ。教育機関や企業はまさにそうした違いが表面化する場だろう。そこで必要なのは一方の“方言”の強制ではなく、差異を前提としたコミュニケーションを豊かな創造に生かすことではないか。日本は外国人や外国語と出会う前から多文化共生社会なのであり、まず日本語の使用において共生の作法を身につけるべきだという著者の指摘には大いにうなずかされる。
そして、言葉は通じればおしまい、ではない。Jリーグの「川崎フロンターレ」「名古屋グランパス」の監督を務め、短期間で急成長させた名将・風間八宏の『伝わる技術』(講談社現代新書)で印象的なのは安易な意思疎通をむしろ警戒する姿勢だ。練習中に伝えられた言葉は、選手の心中で反芻され、化学反応を引き出し、本当に勝負を賭けるべき試合で最大限のパフォーマンスを発揮する。その場で通じるよりも、相手を変化・成長させ、優れた行動を引き出すことをコミュニケーションの達人は目指すのだ。
村西とおる『禁断の説得術 応酬話法』(祥伝社新書)は最盛期に年商百億円を稼いだ伝説的AV監督の話術の紹介。タイトルや経歴から機銃掃射のように言葉を連発して女優を“口説く”強引な技術を想像したら大間違いだ。何が相手の役に立つかを真剣に考え、全身全霊を込めて訴えかけてこそ言葉は力を持つ。そんな、ある意味でベタな信念を過剰なまでの情熱を傾けて貫いて来たからこそ五十億もの借金を作って会社を倒産させた後にも、村西を慕う仲間が残った。その事実こそ彼の応酬話法の性格を物語る。
「コミュニケーション」の語がただ乱舞するだけの「コミュニケーションの時代」は虚しい。生きた人間と、彼(女)が使う言葉への深い洞察があってこそコミュニケーションは豊かな実を結ぶ。そのことを三冊の新書は教えてくれる。