「医者はそんなに頭がよくなくてもできる」
この言葉を、当の医師たちから何度聞いたことでしょう。実際には、かなり頭がよくないと医師は絶対に務まりません。薬の処方やメスの使い方を一つ間違えただけで患者を傷つけ、命すら奪いかねないからです。
ただ、「そんなに頭がよくなくてもできる」という言葉には、別のメッセージが込められています。つまり、医師として働くならば、受験偏差値でトップを獲るほどの頭脳よりも、もっと違う資質が必要だということです。
「医学部は医師という職業の専門学校」
拙著『医学部』(文春新書)で取材させていただいた、東京大学医学部卒業のある大学教授は、次のように話してくれました。
「医学部そのものは本体的には、医師という職業を作る専門学校です。それに実際の臨床は、人や人助けが好きでないと面白くないと思います」
20年にわたり医療現場を取材してきた私もそう思います。医療現場には老若男女、様々な人が訪れます。その中には、「友達にはなりたくない」と思うような人もいるでしょう。しかし、どんな人とも真摯に向き合うことができなければ、臨床医は務まりません。つくづく、「人間力」が問われる職場だと感じるのです。
乳がんの病理診断の正確さ、速さでAIが圧勝
医療現場では、この人間力がますます求められるようになるはずです。なぜならAI(人工知能)の発達によって、数十年後には医師の仕事の一部が奪われてしまう可能性があるからです。17年5月、第2期電王戦で佐藤天彦名人が将棋AIに破れたことがニュースとなりましたが、実は医療の世界でもAIが現役の医師を破りつつあるのです。
17年12月に世界的な医学誌「JAMA(米国医師会雑誌)」に載った論文によると、画像診断を学習させたAIに乳がんの病理診断(「転移があるのを見逃さなかったか」「転移でないものをないと判断できたか」)の正確さを競わせたところ、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学が開発したAIが、病理医11人の成績を大幅に上回ったそうです。しかも、AIのシステムのほうが、人間とはケタ違いのスピードで大量の診断をこなせることが実証されました(JAMA.2017;318(22):2199-2210.)。
医療分野にもAIが進出する
AIの能力が人間に追いつき、加速度的に追い越していく時点を「シンギュラリティ(技術的特異点)」と言うそうですが、その時は2045年か、早ければ2030年頃には訪れるとも予測されています。医療においても数十年後には、検査、診断、治療方針の決定はAIの仕事になっているかもしれません。難病の治療法の発見や、画期的な新薬の開発、定型的なロボット手術、根気の要るお年寄りの話し相手まで、AIがしているかもしれないのです。
もちろん、どんなにAIが進歩しても、生身の人間にしかできないことは残るでしょう。とくに、患者や家族に対する説明や心を支えるような仕事は、AIには代替できないと考えられています。ただ、そうした仕事には、患者・家族と信頼関係を築くコミュニケーション能力、すなわち「人間力」が不可欠です。人と向き合うのが苦手な人ほど、AIに仕事を奪われてしまう可能性があるのです。