真の「手当て」は生身の人間にしかできない
私は以前、山間部の地域医療を支える医師や在宅医療を学ぶ研修医の姿を取材させてもらったことがあります。医療スタッフと一緒に車に乗り込んで、何軒もの患者の家を訪問しました。そのたびに強く感じたのが、医療における「手当て」の大切さでした。
訪問診療に行くと、血圧を測ったり聴診器を当てたりする時間より、お年寄りの無駄話を聞かされる時間のほうが長かったりします。毎回、同じような話を聞かされるのは大変だろうなと思ったのですが、在宅医療で名の通った医師たちはみな、「うんうん」と辛抱強く耳を傾けていました。そしてその間、必ずと言っていいほど患者の手を握ったり、背中をさすったりしてあげていました。
つまり、文字通り「手当て」をしていたのです。大好きなお医者さんの肌の温もりを感じた患者たちは、きっとありきたりな治療の何倍も「癒し」を与えられたに違いありません。AIが進歩したら、高齢者の話し相手や介護までしてくれるようになるかもしれませんが、真の「手当て」は生身の人間にしかできないと私は信じています。
地方大学の医学部に都会のエリート高生が殺到
地方大学の医学部では、都会のエリート高の生徒が押し寄せて、合格者の多くを占めてしまう困った現実があります。こうした都会出身の学生たちは卒業後、都市の病院での研修を希望して、あまり大学の地元には残りません。それが、都会に医師が集中して、地方の医師不足がなかなか解消しない要因の一つとなっています。
しかし、こうした地方にこそ、真の「手当て」を学べるチャンスがあるように私は思うのです。現実に、医師をやみくもに増やしても地方の医師不足は解消しないことがわかってきたので、今後、医師は「半強制的」に一定期間の地方勤務が義務化される可能性もあります。ならば、それを自分のキャリアにとってマイナスと考えるより、人間力を高めるチャンスととらえたほうがいいのではないでしょうか。
今や医学部に入る学生の3分の1は女性
また、医師は「自立できる職業」として女性にも人気で、医学部に入る学生の3分の1を女性が占めると言われています。昨年、「女性医師のほうが男性医師よりも患者の死亡率や再入院率が低い」(JAMA Intern Med. 2017 Feb 1;177(2):206-213.)という論文が話題になりましたが、医学部をめざす女性が増えたのは歓迎すべきことだと私も思います。
ただ、子どもを産み、育てることを望む場合、妊娠・出産・子育ての間にいったん医療現場を離れざるを得ないことが多く、どのようにキャリアを積んでいくか悩む女性医師が少なくありません。そのような理由から、男性医師の中には、「戦力」となりにくい女性医師の割合が増えることを本音では歓迎しない声があるのも事実です。
皮膚科や眼科など、家庭生活と両立しやすい診療科も、女性医師の間では相変わらず人気です。しかし、腕力や体力よりも繊細な操作が求められる腹腔鏡手術などが普及したので、外科の名医からは、「女性医師もどんどんチャレンジしてほしい」という声も聞かれました。
18歳かそこらで自分の将来を想像するのは困難なことかもしれません。しかし、文学部や工学部と違い、医学部は特に職業に直結した学部です。多くの人に感謝され、尊敬される素晴らしい職業ですが、みなが医師になって幸せになれるとは限りません。医師になればどんな未来が待っているのか、できればそれもよく調べたうえで、進路を決めてほしいと思います。
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