勤めたアパレルショップでは芸能人を担当
給料もボーナスも良かったので、初台に部屋を借りたら、ちょっと警察沙汰になっちゃって。それで懲りたので、ドラッグを一切断ち切りました。今度は33歳あたりまで酒を飲むようになりましたけどね。
ーーそのアパレルショップの敏腕店員だったそうですね。
西本 僕は芸能人担当というか、お金持ってる方担当というか。なんかアンテナがあるのか、うまく接客できたんですよね。吉本興業の元会長だった大崎(洋)さんとか、仲良くさせてもらって。後に会社をクビになるんですけど、それを話したら「うちで働けば?」なんてことを言ってくれて。
大崎さん、今は忙しそうでお会いしてないですけど、たまにインスタでコメントを入れてくれたりしますね。
会社員を辞めたきっかけ
ーーご自身のブランド「NISHIMOTO IS THE MOUTH」を立ち上げたのは、会社員の時ですか。
西本 そうです。アメリカでデザイナーやってる人と画家の中村譲二さん、僕の3人で2017年に立ち上げました。デザイナーから「なんか立ち上げたい」って言われて、「カルトって面白くない?」となって、「赤ん坊は神であり、西本はその声を聴ける唯一の存在。西本は口である」というコンセプトで「NISHIMOTO IS THE MOUTH」になって。で、僕の写真をプリントしたTシャツを作って、友達に配ったんです。
ーー会社員を辞めたきっかけはあったのでしょうか。
西本 いろいろありますけど、顔にタトゥーを入れたのも理由になりましたね。YASさんに全部入れてもらって半年ぐらいで、「顔は駄目だって言ったじゃん」と言われてクビになりましたね。
50歳で隠居したいと決めている
ーーその一方で、大物ラッパーのドレイクが「NISHIMOTO IS THE MOUTH」のTシャツを着て話題に。
西本 一緒に立ち上げたデザイナーがTシャツを着ていて、それをドレイクが目にして、「そのTシャツ俺にもくれ」って言われて渡したらしいんですよ。そうしたら、なんかのパーティーでドレイクが着てて。
そのタイミングで商品として売ってればよかったと思うんですけど、身内に配ってただけなんで。そもそも3人ともそんなにお金を儲けるつもりもなかったから、「ドレイクに着てもらえてよかったね」みたいな感じで。で、デザイナーの彼が忙しくなって、「ちょっともう僕は手伝えないから、お前に任すからやってくれ」ってことになって、僕が引き継いで現在にいたるという。
ーー今後の展望は?
西本 50歳で隠居したいっていうのは決めてます。44歳なので、あと6年ですけど、まあ頑張ります。50歳になったら、ダブルのスーツを着るっていうのは決めてるので。
ただ、早めに認知症になるとは思ってます。かなりドラッグでキマってたので、なりますね。でも、その時は楽しかったんで。
ーー認知症になったら、なにがなんだかわからないでしょうしね。
西本 そうなんですけど、介護するにも周りが大変じゃないですかね。僕みたいなのを介護するんですから。
写真=佐藤亘/文藝春秋
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