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「職員たちもピリついていた」何から何まで特例つづき…“カルロス・ゴーンの国外逃亡を手伝った親子”が日本の拘置所で見せた「驚きの態度」

『死刑囚の理髪係』より #3

2024/06/04
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「むしろ日本人のガラよりも礼儀正しい感じがしました。2人ともずっと笑顔で、どちらかというと物珍しそうに全部を楽しんでる感じでしたね」

 カルロス・ゴーンの国外逃亡を手伝った、グリーンベレー親子の理髪係を担当したガリ氏。この謎の親子はいったいどんな人物だったのか? 新刊『死刑囚の理髪係』(彩図社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

カルロス・ゴーンの用心棒たちの東京拘置所での様子とは…? ©getty

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カルロス・ゴーンとグリーンベレー親子

「ガリくんって、あの人の担当したことないの?」

 舎房での余暇時間、好奇心で目を輝かせたパブロ(著者と同じ房に収容された先輩)が急にそう尋ねてきた。

「あの人って?」

「カルロス・ゴーンだよ! 今ニュースで話題になってるじゃん」

 2018年11月。日産自動車の会長を務めていたカルロス・ゴーン氏は、金融商品取引法違反の容疑で逮捕された。その後、保釈中の2019年に起きたゴーン氏のレバノンへの逃亡劇は、連日ニュースを騒がせた。

「僕も興味はあるんだけど、理髪はやったことないんですよ。やっぱり、厄介なガラだったんですかね?」

「結構手を焼いてたみたいだよ。俺も噂で聞いたんだけど、どうしてもベッドで寝させてくれって騒いで大変だったみたい」

「海外のお偉いさんには、ここの煎餅布団はキツかったんでしょうね。それで、結局どうなったんですか?」

「特別にベッドがある病棟に移動させられたらしいよ。もう遠くに逃げちゃったし、戻ってくることはないんだろうなぁ……」

 残念そうなパブロを慰めるわけではないが、私は代わりにこんな話題を提供した。

「でも最近、ゴーンを逃がしたっていうアメリカ人の親子が入ってきたじゃないですか? その親子なら、担当したことがありますよ」

「マジで!? どんな感じだったか聞かせてよ」

 パブロの目に、一瞬にして輝きが戻る。

 カルロス・ゴーンを日本からレバノンに逃がした親子、父マイケル・テイラーと息子ピーター・テイラーは、母国アメリカに移送されるまで東京拘置所に収容されていた。

マイケル・テイラー氏 ©getty

 父は世界最強の特殊部隊と言われる「グリーンベレー」の元軍人かつ、世界的な警備会社の社長でもあった。60歳とは思えない引き締まった肉体は、現役の軍人としても十分に通用しそうな威厳を漂わせていた。

 世界的にも厳しいとされる日本の税関を突破し、人を亡命させることなど可能なのか――当時の報道ではそう騒がれていたが、彼にとって要人の輸送は、そこまで難しい仕事ではなかったのかもしれない。

 テイラー親子はそれぞれ別々のフロアに収容されており、理髪などで移動をする際は常に厳戒態勢が敷かれていた。筋骨隆々で武闘派の職員4、5人を引き連れて廊下を歩く彼らの姿は、まるでハリウッド映画のワンシーンを見ているかのようだった。

「その様子は俺も見たことあるよ。ゴーンの件もあって、政府もかなりナーバスになってたんだろうねぇ」

 興味深そうに感想を述べるパブロ。

 私も全くの同意見だった。あの時の職員たちのピリついた雰囲気は、それまでには感じたことのない独特のものがあった。