日本の裁判は、刑事事件の99%は被告人が有罪判決を受けるといわれる。しかしそのような環境の中、「ロス疑惑」をはじめ多くの事件で被告人の無罪を勝ち取り、“無罪請負人”と呼ばれるようになった弁護士が弘中惇一郎氏だ。

 弘中氏は、一度被告人となれば「悪人」として扱いたがる世間の風潮に異を唱える。同氏の新著『生涯弁護人 事件ファイル1』(講談社)より一部を抜粋し、刑事被告人と弁護士の関係性について見る。(全2回の1回目/後編を読む)

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なぜ「悪人」の烙印を押された人の弁護を引き受けるのか

 私がこれまで弁護をしてきた人たちは、社会から敵視された人、敵視されるように仕立て上げられた人が多い。政治家では、第一章で述べた小澤一郎氏、鈴木宗男氏。また、「事件ファイル2」で取り上げる薬害エイズ事件の安部英(たけし)氏、カルロス・ゴーン氏。消費者金融会社「武富士」の創業者・武井保雄氏(*1)。そして、三浦和義氏。

 *1 武井保雄「武富士」会長だった2003年、ジャーナリスト宅盗聴事件に関与したとして電気通信事業法違反(盗聴)で逮捕、盗聴・名誉毀損刑事事件で起訴され、会長を辞任。04年、一審で懲役3年執行猶予4年の有罪判決を受け、06年に肝不全のため死去した。武井氏の弁護については、消費者団体から「武富士の味方をするのはけしからん」と非難が起こり、弘中弁護人が月刊誌「論座」(朝日新聞社)で武井氏について「刑事事件の被疑者・被告人となり拘置所に収監されている状態では、マスコミ権力や検察権力に比べてはるかに弱者である」旨の記事を掲載すると、消費者弁護団からも「サラ金の会長を弱者とみなすとは何ごとか」との批判の声が上がった。なお、武富士は10年に経営破綻。

 「なぜあなたは好んでそういう悪人の弁護をするのか?」と質問されることもよくある。

 しかし、私は逆に問いたい。「なぜあなたは彼らを悪人と言うのですか?」と。

 彼らは悪人ではない。一時的にマスコミから、悪人であるかのように書き立てられただけである。私自身、彼らを「悪人」だと思ったことは一度もない。

 弁護士がある事件を受任するかどうかは、必ず依頼者に会ってから決める。弁護士倫理としても、会わずに受任してはいけないとされている。会って何をするかといえば、予断や偏見を持たずに依頼者の話をじっくりと開くことだ。

写真はイメージです ©iStock.com

 マスコミがどのように報じ、世間がどう噂しようとも、弁護士が依頼人に対して先入観を持って接するべきではない。世間から「悪人」とみなされていることを理由に弁護を断ることなどない。弁護士のもとに来るのは、捜査当局や世間から不当に弾圧されたり、非難されたりしている人たちだ。「悪人」とみなされ深刻な被害を受けているからこそ、弁護士を頼ってくる。それを「悪人だから受けない」というのでは、刑事弁護は成り立たないし、そもそも弁護士の存在意義がなくなってしまう。

 私が三浦氏の事件を受任したのは、彼がさんざんメディアに叩かれていたからだ。これだけ世間から注目されている事件の真相はいったいどういうことなのか、逆に興味を持った。事件の舞台はアメリカと日本にわたりスケールも大きいし、三浦氏は徹底的に争う姿勢を見せている。弁護士というのは一種の喧嘩売買業で、激しい喧嘩ほどモチベーションが上がるのだ。知的好奇心を満足させるという意味でも、やりがいがありそうだと思った。