当時は今と比べ、反社会的勢力排除のルールは格段に緩かった。しかしだからと言って、「ヤクザ丸出し」のまま活動するわけにもいかなかった。組織との関係を隠した「企業舎弟」や「フロント企業」を前面に立て、合法的な経済活動を装ったのだ。上手くいけば何億、何十億円単位の儲けを狙えるだけに、そのためのコストや手間を惜しまなかった。ある意味で、その組織や手口は「デフレ型犯罪」よりも格段に「緻密」だったのである。
半グレの台頭
意外に思うかもしれないが、アウトローのカネ儲けは元来、けっこう「手間」のかかるものだったのだ。
端的なのが、ヤクザ組織である。ヤクザに限らずどんな組織でも、維持していくためにはコストがかかる。まして体面を重んじるヤクザならば、事務所の立地や外観、使用する車両にも気を使う。そして多くの組織は、本部が傘下団体から上納金を集める構図になっている。その上納金も、安くはない。
そこまでコストをかけて組織を維持するのは、経済活動の面から言うと、強力な「代紋」の威光がライバルとの競争で有利に働くからだ。
ヤクザにとって、経済活動を有利に行うということは、利権の奪い合いになった際に、ライバル組織を圧倒するということも含まれる。そのためには、ときに発生する抗争でも勝たなければならない。そこでは死人も出る。これは、ヤクザの抗争が利権を目的に行われていると言っているのではなく、抗争を通じて「強い組織」として知られることが結果的に、経済活動での優位につながるということだ。
バブル期のように、株や不動産とからんで億円単位の儲け話がゴロゴロしていた時代には、ヤクザとして狙えるリターンの大きさに比べると、組織を維持運営するコストの額は相対的に小さく思えたかもしれない。
しかしそのヤクザも、少なくとも人数のうえでは衰退傾向にある。最大の理由は暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律。暴対法)や暴力団排除条例(暴排条例)などで規制が強化され、「シノギ」と呼ばれる経済活動をする余地が極端に狭まってしまったことだ。
そして、代わって台頭しているのが「半グレ」である。
半グレの定義については様々な考え方がある。筆者の見解は後で改めて述べることにして、ここではとりあえず、「ヤクザ未満の不良グループ」ぐらいにとらえておいてもらいたい。
2000年代に入って以降、暴走族やギャング、チーマー出身の若者たちの間では、ヤクザ組織に入ることを敬遠する風潮がどんどん強まった。理由は簡単で、「メリット」が感じられないからだ。当局の規制でがんじがらめに縛られ、経済活動が著しく制約されているのに、抗争が起きれば上からの命令でいつ、「鉄砲玉」にされないとも限らない。それではあまりに理不尽だ、というわけである。
警察庁は2023年7月3日、特殊詐欺などを働く半グレについて、「匿名・流動型犯罪グループ」(匿流)という新概念を打ち出し、集中的に取り締まっていく方針を示した。
匿流の特徴について警察庁は、「SNSを通じるなどした緩やかな結び付きで離合集散を繰り返すなど、そのつながりが流動的であり、また、匿名性の高い通信手段等を活用しながら役割を細分化したり、特殊詐欺や強盗等の違法な資金獲得活動によって蓄えた資金を基に、更なる違法活動や風俗営業等の事業活動に進出したりするなど、その活動実態を匿名化・秘匿化する」ことだとしている。
暴対法をはじめとする規制強化もまた、アウトローが性急に現金をつかみ取りに行く犯罪トレンドの形成に影響を与えている。ヤクザから半グレ、匿流へ。デフレの20年はアウトローの組織形態が変異する20年でもあった。それが犯罪をどのように変えたかを、本書では追っていく。