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 ところが近年発生した連続強盗からは、そうした計算の痕跡がほとんどうかがえない。レンタカーで現場周辺をうろうろして防犯カメラに記録されていたり、夜間に窓ガラスを割って周囲に気付かれたりと、まったく慎重さに欠けている。そもそも、住人が在宅しているのを知ったうえで押し入ったとしか思えない例が多く、強盗という犯罪のリスクの高さに無頓着なのだ。ある意味で、強盗の「劣化版」と言えなくもない。

本質は「性急さ」

 こうした犯罪の態様をひとつの単語で表すならば、「拙速」という言葉がピッタリである。犯罪の素人たちが目の前の現金(あるいは貴金属)を手っ取り早くつかみ取るために、まったく思慮を欠いたまま闇の中に突っ込んでいったのだ。

 そして、特殊詐欺に代表されるデフレ下の日本における犯罪には、いっそうの「手っ取り早さ」を求める傾向がありありと表れているのである。

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 すでに述べたとおり、一連の強盗を実行した者たちの背後には黒幕がいた。海外を拠点に特殊詐欺を繰り返した後、フィリピン当局により不法滞在の容疑で拘束されていたグループだ。彼らはワイロで自由を買うことのできる収容施設内に犯罪拠点を築き、匿名性が高いとされるメッセンジャーアプリなどを用いながら、ネット上の「闇バイト」求人で集めた実行犯たちを遠隔操作していた。

©AFLO

 ではこの黒幕たちは、犯罪のプロフェッショナルらしくリスク計算が出来ていたのだろうか。筆者にはそうは思えない。むしろ稚拙とみなすほかない。実行犯たちが芋づる式に逮捕されたことで、指示情報の経路を追跡され、結局は正体を露呈してしまった。メッセンジャーアプリを使ったり海外から指示したりすることで、捜査をかわすことが出来ると思ったのかもしれないが、自分たちの犯罪手法の有効性を過信していたのだろう。

 一般的には、特殊詐欺グループは緻密な印象を持たれているかもしれない。そうした面は確かにある。

 現実として、特殊詐欺はなかなか減らない。特殊詐欺事件では幹部には捜査が及びにくく、トップの検挙が全体の1・9%にとどまることが、被害が減らない要因のひとつと言われる。「出し子」や「受け子」と呼ばれる現金の受け取り役を警察が捕まえても、身元の割れない“飛ばし”の携帯電話などで指示を出していた黒幕には捜査の手が及びにくいのだ。また、海外に拠点を設けてコストの安いIP電話や国際電話を使用し、日本国内の被害者からカネをだまし取る手法を取っていることで、捜査が難しくなっている部分は確かにある。

 だが、一連の連続強盗事件を通じてわかったのは、こうした特殊詐欺グループの正体秘匿の「緻密さ」は相当程度、日進月歩で進化するITツールの「便利さ」に支えられているところが大きいということだ。彼らの組織や手口の本質はやはり、手っ取り早く現金をつかみ取りたいという「性急さ」にある。

 インターネットやスマートフォンがなかった時代のことを考えてみて欲しい。当時は自分の正体を隠して他人を遠隔操作するなど、相当な犯罪のプロにとっても想像しにくいことだった。国際電話の料金はきわめて高額であり、海外の不動産情報を調べ、拠点とするためのオフィスを物色するというのも、インターネットの普及した現在と比べはるかに困難な作業だった。

 つまり、自分たちの正体を隠す巧みさは、今という時代のIT環境が可能にしているものであって、特殊詐欺犯の能力から生まれているわけではないということだ。だから、ITツールを使い慣れているはずの特殊詐欺犯であっても、その犯罪計画が性急に過ぎれば、警察の捜査に捕捉されてしまうことが、一連の強盗事件では露呈している。

 もっとも、すでに述べたとおり、特殊詐欺事件で黒幕の逮捕に至る例は少ないのが現状だ。多くの特殊詐欺犯が慎重に行動しているのも、また事実である。彼らの本質が「性急さ」にあるというのは、彼らが登場する以前の時代との比較においてのことだ。ここ20~30年の間の日本社会の変化の中で、結果的にこうした性急なタイプの犯罪が、アウトローのカネ儲けの中で主流を占めるようになったのである。

 繰り返しになるが、1980年代のバブル期においては、最大のカネ儲けのタネは不動産であり株だった。これは一般人も同じだったが、特にアウトローは、株ならば例えば総会屋として企業から不当な利益供与を受け、不動産関連では強引な地上げなどで、莫大な儲けを手にした。