張本課長は、書類をひと目見ただけで言い放った。
「どこがダメですか? お客さまが苦労して、必要書類を集めてくださったんですが……」
「苦労してだと? こんな貧乏人に家買う資格はない。うちら慈善事業とちゃうぞ。途中で返せなくなるのがオチ。貸さないほうが親切ということもあるやろ」
吹田支店は住宅街に位置し、住宅ローンの販売に力を入れていた。にもかかわらず、張本課長のけんもほろろな扱いに困惑した。本当に返済できなくなるのか? 金利が上昇した場合、どこまで大丈夫なのか? 張本課長を説得するための資料を徹夜で作り、翌朝、提出した。
「課長、この資料をご覧ください。杉山さんなら問題ないはずです。これでダメなら、杉山さんに申し訳ないので、私にダメだったと報告に行かせてください」
「眠たいこと言うな。おまえの書類なんか見てる時間ないわ」
張本課長は私の差し出した資料を見もせずにそう言った。
ローンは通らないと思ったが…
課長を説得するのは難しそうだ。奥さん、マイホーム楽しみにしてるんだろうな。子どもたちも近所の学校に通うの楽しみだったろうなあ。杉山さん一家の顔がちらつき、どうやって謝ろうかと思うと、その日は仕事が手につかなかった。
夜7時すぎ、若手行員が先輩の夜食を買い出しに出かける。当時、残業は常態化していた。日本人は働きすぎだといわれ、土曜日の半日営業がなくなり完全週休2日となってまもないころだったが、取引先課の終業時刻(銀行では「最終退行時刻」と呼ぶ)は早くても21時、遅くて終電間際だった。夜食を食べてからもうひと踏ん張りというわけだ。
両手いっぱいに買い込んできた夜食を開封し、給湯室でカップ麺に湯を注ぎまくる。オフィスに隣接する会議室に夜食を並べ終わり、先輩たちを呼びに会議室を出ようとしたところだった。
「何言うとんねん!」