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検察からの口止め

「今津さん、ちょっと来ていただけますか」

 横浜のみなとみらい地区にある日産グローバル本社に出勤した私は、すぐさま当時の今津英敏常勤監査役を執務室に呼んだ。彼は日産の元副社長で、2014年から監査役の職にあった。

 今津監査役の報告によって、おおよその事態が判明した。外部弁護士の調査でカルロス・ゴーン会長による数々の不正行為が明らかになったこと、すでに外部弁護士の助言を得て検察当局に報告しており、当局の捜査も始まっていること、不正のいくつかは刑事事件に発展する可能性があること……。

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©文藝春秋

 ロンドンでナダから一報を受け、それなりに覚悟は決めていた。監査役の報告は落ち着いて聞けるはずだった。そのつもりだったのだが、すでに検察に相談してから3カ月近くたっていると知り、落ち着いてなどいられなくなった。

「今津さん、もう3カ月近くたっているんですよ。なぜ私に一言の報告もなかったのですか」

 文字にすればそんなことを言った。いや、もっと強い口調だったかもしれない。とにかく私は語気を強めて問いただした。

「検察から口止めされていました。社長を含めて誰にも報告するな、と」

“ゴーンの不正”を前に西川氏が誓ったこと

 後になって分かったのだが、現役の会長が犯した不正であるため、社内の人間がどこまでかかわっているのか検察がしっかり把握するまで、社長をはじめ他の取締役にも話をしないように……と固く言い渡されていたようだ。ようやく検察の許可が出て、一刻も早く社長に報告すべしということになったのだ。

 ただし情報を上げるのは社長の西川までで、事情を知る人間をこれ以上増やさないようにと検察から念を押されてもいたのだった。

 内部調査と検察の捜査によれば、もはや会長による不正行為は否定できない厳然たる事実だった。当時、私が社長兼CEOに就任してから1年半になっていた。現役の会長が刑事事件で逮捕されるかもしれない。そんな前代未聞の異常事態に、社長としてどう対処すべきなのか……。

 重大なトラブルが起きた時は、できるだけ事実と本質だけを見て、物事を単純化して考える必要がある。

 日産のV字回復にカルロス・ゴーンが果たした功績は大きく、歴史に残る偉業であることは疑いない。しかしそれとこれとは全く別の問題で、不正は不正として厳正に対処すべきなのだ。正面から向き合うしかない。私はそう腹を決めた。