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内部告発をきっかけに始まった調査で発覚した“ゴーンの不正”

「僕の口から多くは話せないんだよ。詳しいことは監査役から報告を受けてほしい。帰国したら、できるだけ早く監査役に会ってもらいたいんだ」

 私は声を潜めながら、なかなか話したがらないナダを質問攻めにした。それで分かったのは、彼自身がシリアスマターの全容を把握しているわけではないこと、誰かにきつく口止めされていること……。とにかく異様な事態だった。ただ、それだけの情報では、なにが、どのようにシリアスなのか全く想像もつかない。私が執拗に食い下がると、ナダがようやく重い口を開いた。内部告発をきっかけに始まった調査でカルロス・ゴーン会長の不正が発覚したというのだ。

©文藝春秋

「ブリーチ・オブ・トラスト」

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 ナダの口から出た言葉に、私は慄然とした。当時はまだなじみの薄い英語だったが、もちろん意味は分かった。「背任罪」だ。現役の会長が背任罪に問われるかもしれない、日本の捜査当局が動いている……。

 歯切れの悪いナダの話と自分の推察を総動員して、この時点でそのあたりまではなんとか理解したと記憶している。

一体何が起きているのか、想定外の出来事で思考が追い付かない

 皮肉にも私がオックスフォード大学から頼まれた講演のお題は次のようなものだった。

「日本には世界的な企業が多いのに、なぜ著名な経営者はいないのか。将来、日本人の中からカルロス・ゴーンのような際立った経営者は現れるだろうか」

 ナダの話が尽きると私は立ち上がり、天を仰いだ。いったいなにが起きているんだ。この事態にどう対処すればいいのか。あまりにも想定外の出来事で、思考が追いついていかなかった。

 せいぜい10分程度のつもりでロビーに向かったのだが、結局ナダと1時間以上も話し込んでいた。

 その後、予定通りに社用を済ませて帰国した。秘書やアシスタントたちに気取られないように、努めて平静を装ったのは覚えているが、帰国便の機中でなにをしたのか、どんなルートで帰宅したのかなど、その日の行動についてはほとんど記憶が欠落している。私自身、異様な雰囲気を漂わせていたに違いない。