田中真紀子の言葉「人間には、敵か家族か使用人の3種類しかいない」は、財産を築き上げた権力者の猜疑心を言い表した名文句だ。そんな者も、ときに家族や使用人に倒され、あるいは自らの人間不信や欲望によって滅びの道をゆく。

 “企業もの”ノンフィクション作品から、そうした人間ドラマを紹介したい。

ゴーンは『役員が食べている食堂のランチは豚のエサか』と言った

「昼休みにゴーンの部屋に説明に行ったら、靴を履いたまま机に足を載せ、ふんぞり返って報告を聞くんだ。『役員が食べている食堂のランチは豚のエサか』とまで言ったのをよく覚えている」

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 井上久男『日産vs.ゴーン――支配と暗闘の20年』(文春新書、2019年)にある、日産元幹部の証言だ。同社の会長だったカルロス・ゴーンは外面がよく、本性を隠す演技力が凄かったと続けている。

写真はイメージ ©️AFLO

 ところが、東京地検特捜部に逮捕(2018年11月)されると、彼の独裁ぶりにくわえて、家族旅行や豪邸の購入に会社のカネをつかうなどの日産の私物化が表沙汰になる。かくして、とめどない欲望にかられていく姿が露わになった。

 日産の幹部たちは、検察権力を使ってそうした腐敗を正すとともに、ゴーン追放のクーデターによって、彼が推進するルノーとの経営統合を阻止して日産の独立性を守ろうとした――本書は、こうした筋書きの裏にある、ゴーン支配の実相とクーデターの首謀者・西川廣人(当時、代表取締役社長)の性根を解き明かしている。

西川と志賀の対立

 1999年、経営危機に陥った日産にフランスのルノーからやってきたゴーンは、大胆な経営改革と「V字回復」によって一躍カリスマ経営者となる。それに伴い、彼に気に入られることで出世していくゴーン・チルドレンが誕生。そのひとりである西川は、同い年ながら出世街道で先をゆく志賀俊之(後の最高執行責任者)に激しいライバル心を抱くようになる。

 というのも、東京大学出身者が幅を利かせる日産にあって、東大出の西川は出世コースを歩んでいたが、ゴーンが経営トップになったことで状況が一転する。大阪府立大出身で傍流にいた志賀が、ルノーとの提携の推進役を担っていたことで一躍主流となり、西川は追い抜かれてしまったのだ。

 それでも数字に強い完全主義者の西川は、ゴーンの寵愛を受け、さらに後述する“汚れ役”を担うことで、志賀を追走する。もっとも次のような陰口を叩かれるのだが……。

「西川はゴーンが不在の会議では全く発言しないくせに、ゴーンがいるとよくしゃべり、しかもゴーンの興味があることばかりを話題に出していた」

 こうした露骨さからか、西川の嫉妬が志賀にも伝わり、二人は犬猿の仲になっていく。その後、志賀がゴーンに次ぐ役職にまで昇り詰めるが、業績不振の責任をとらされる形で解職されると、2017年に西川はゴーン会長の下、代表取締役社長兼CEOに就き、ついに逆転を果たす。それでも西川と志賀の対立は続くことになる。ゴーンがそれを利用するためだ。