会社ではときに、悪事を共にすることで絆が生まれ、それを難ずる者を排除していくことで、悪の連帯はより深まり、組織ごと腐っていく。そこには会社員の習性があり、抗う者に理不尽が待ち受ける組織の不条理がある。
それらを描いた“企業もの”ノンフィクション作品から「腐敗の実像」を紹介する。
詐欺取引から撤退するチャンスが9回はあった
「幹部はこう言っていた。『上が止まらないんだよ』と」
史上最大の地面師事件といわれる東京・五反田の旅館「海喜館」跡地をめぐる詐欺事件が発覚したのは2017年のこと。積水ハウスがマンション用地として土地の売買契約を結び、カネを振り込んだ相手はニセ地主だった。
藤岡雅『保身――積水ハウス、クーデターの深層』(KADOKAWA、2021年)は騙された側の内部を取材したノンフィクションだ。なぜ彼らは地面師と取引してしまったのか。それを解き明かす糸口になるのが、本書に出てくる、冒頭の言葉だ。
著者の藤岡は、この詐欺事件は〈騙されるはずのない事件〉であったと断じる。実際、事件後に発足した調査対策委員会の面々は、取引から撤退するチャンスが9回はあったと語っているくらいだ。
そもそも「海喜館」の土地を買わないかとの誘いは多くのデベロッパーに持ち込まれたが、どこも怪しんで取引には進まなかった。なかでも野村不動産はこの話をチェックした結果、詐欺だと結論づけ、そのことは不動産業界内で共有されていたという。さらに野村不動産は、積水ハウスが取引を始めると担当者に直接警告までしていたのである。
さらにこの担当者は、地主を名乗る人物の顔写真を使って「面通し」をし、偽物であることの確認までしている。それでも彼は取引を止めることはなかった。不可解な話はこればかりではない。積水ハウスには偽地主との売買契約後に、本物の地主を名乗る人物から「私は取引していない」との内容証明郵便が届く。ところが会社はそれを「怪文書」扱いし、前金15億円の支払いに続いて、49億円を支払う本決済の日を2ヵ月近くも前倒しする始末であった。
傍から見るとわざわざ騙される方へと自ら突き進んでいったかのように見えてしまうのだが、なぜ彼らは引き返すことができなかったのか。要因のひとつにこの取引が「社長案件」であったことがある。
会社員なら身に覚えのある「◯◯案件」。◯◯にあたる人物とその周辺以外は口出しできない、聖域化した事案である。まして「社長案件」ならなおさらだ。積水ハウスの地面師事件でいえば、当時社長の阿部俊則が自ら物件の視察までしたことで、下の者はとにかく早く進めるよりほかなかった。