“会社への貢献”が起こす倒錯
「現場は地主が本物かどうかということより、取引を成約させることのほうが、何より大事なこととなったのです」
当時の社内の空気を幹部はこう言い表す。たとえば不動産部長は、送金依頼書などへの押印に抵抗を試みるが、取引を強行する会社の勢いに押し切られてしまう。そして詐欺事件だと発覚すると、この部長は責任を取らされ、会社を追われた。ところが上述の野村不動産などからの警告をよそに取引を進めた者は会社に守られたという。ある幹部は著者にこう話す。
「おかしいと思いませんか。この取引の責任が重い者ほど、阿部さんはその後の面倒を見ているわけです」
“会社への貢献”とは、ときにこうした倒錯を起こす。それが会社というものだといえばそれまでだが、報われない話である。
それどころか阿部社長はその後、会長になって院政を敷く。これが副題にある「クーデター」だ。当時の積水ハウスは会長の和田勇が国際事業に専念し、国内事業は社長の阿部が担っていた。その体制のもと、地面師に騙され50億円以上のカネを巻き上げられたことが発覚すると、和田は取締役会で「阿部社長の代表取締役及び社長職解職の件」を提出。ところがこれが否決され、返す刀で阿部は「和田勇会長の代表取締役及び会長職の解職の動議を提出する」と宣言。こちらは議決される。
かくして和田は会社を追われ、阿部は会社に残り、権勢をふるい続けた。そして自らの責任が問われた事件についての調査報告書を非公開にする。
「日本人はウソを言うと怒りますけど、隠すことには抵抗がない」。これは地面師事件に対する経営陣の善管注意義務違反を問うた株主代表訴訟の代理人である松岡直樹の言葉だ。重い忠言である。
粉飾に明け暮れた東芝を象徴する「チャレンジ」
隠蔽といえば、小笠原啓『東芝 粉飾の原点――内部告発が暴いた闇』(日経BP、2016年)にこんな言葉が出てくる。
「よほどバカ正直な人間でなければ、真実を報告するわけがない」
粉飾決算が明るみになった東芝で、「忌憚ない意見」を募るアンケートが行われる。ところが従業員番号と所属、氏名を記名するものであったために、従業員はこう言い放つのだ。
汎用性のある処世訓である。会社員なら多くの局面でこんなことを思うだろうが、当時の東芝社員ならなおさらであった。不正会計の責任を取り、歴代3社長を筆頭に取締役などが辞任していたが、彼らの意向を受けて、下の者たちに不正を求めていた幹部たちが会社に居直っていたからだ。
その当時の、粉飾に明け暮れた東芝を象徴する言葉が「チャレンジ」だ。当初は「可能なら頑張ろう」のニュアンスで使われる社内用語であったのが、必達目標の意味に変わる。これが無理な目標を強要するパワハラにつながり、さらには“裏ワザ”での数字達成を自発的に行っていく組織文化を生み出していく。