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日本人同士が反目し合う構造を作ったゴーン

 ゴーン支配の特徴を井上は、〈人と人を結託させない人事〉だと説明する(市岡豊大『証言・終わらない日産ゴーン事件』光文社、2021年)。フランスの植民地支配においては、現地トップを本国から派遣するのではなく、現地人に統治させることで同じ民族を支配層と非支配層に分断させた。これに学んだと見られるゴーンは、日産では、西川ら日本人にリストラやコストカットの汚れ役を担わせることで、日本人同士が反目し合う構造をつくり、「ゴーンvs日本人」の対立を避けたと井上は論じている。

 さらに幹部同士を高額の報酬をエサに互いに競い合わせるだけでなく、役員報酬額を誰にも教えないことで「あいつは俺よりもらっているんじゃないか」と疑心暗鬼にさせて分断した。

面従腹背の人々

 また『日産vs.ゴーン』で井上は、〈西川と志賀の「不仲」をゴーンが巧みに利用し、取締役会で多数決を取ればゴーン側につく人数が必ず多くなるようなガバナンスをしていた〉と指摘する。片方がゴーンに異を唱えれば、もう片方がゴーンに付く塩梅だ。実際、失脚した志賀もゴーンの多数派工作要員として取締役に残された。

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 そうしたこともあって取締役会では、ゴーンらルノーとの提携推進派が多数派であった。この不利を日産の独立性維持派の西川は検察権力を使って逆転する。さすがに逮捕までされると彼の会長職解職の決議は、志賀も賛成にまわるかたちで承認され、西川はゴーン排除を果たすのだった。

 ゴーンは、自分に服従する者たちには忠義などなく、面従腹背(表向きは従うが、腹の中では背いていること)であることなど百も承知であったろう。それでも秘密裏に進められたクーデター計画に気づくことも、誰からも密告を受けることがなかったのは、すでに権力者として潮時さえ過ぎていたといえようか。あるいは西川もまたゴーンと同様に本性を隠す技術が凄かったのかもしれない。

日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年 (文春新書)

久男, 井上

文藝春秋

2019年2月20日 発売

壮絶な戦争体験の影響で「他人を信用しない生き方」に

〈あるダイエーの元幹部によれば、中内はそのキャピタルゲインを現金化して芦屋の自宅に運ばせ、その現金を倦(あ)くことなく眺めていたという。この元幹部は、中内さんはあのときから完全に人がかわった、といった〉

 佐野眞一によるダイエー創業者・中内功の評伝『カリスマ――中内功とダイエーの「戦後」』(日経BP、1998年。現在はちくま文庫)にある、株式上場で30億円を得たとき(1971年)の逸話だ(注:ダイエーはいまでこそイオン傘下のスーパーだが、かつては日本一の小売グループであった)。

 それ以前にも、彼は“人がかわる”経験をしている。戦争である。