プーシキン、ドストエフスキー、トルストイなど12作品
奈倉 この本は、19世紀ロシア文学作品をめぐる12回の授業という形で書きましたが、誰のどの作品を取り上げるかというラインナップは、私自身の授業のスタイルを下敷きにしているところもあります。授業で発表者がいる場合、学期の初めにあたる人は準備期間がどうしても短くなってしまうので短めの作品にすることが多く、回を重ねるごとに作品の長さを長くしたりするんです。
それもあって、本の頭の方でとりあげたゴーリキー、プーシキン、あるいはドストエフスキーなどは短めの作品を、さらにいえば作家自身が若かった時代の作品を選んでいます。初期作品を読んでみるというのはその作家を知っていくうえで重要な作業で、導入としてもおすすめなんです。ドストエフスキーと言えば『カラマーゾフの兄弟』のような長篇作品が有名ですけれども、長篇をとりあげるとドストエフスキー作品だけで『ドストエフスキーの教室』が一冊書けてしまって『ロシア文学の教室』ではなくなるので、そこは遠慮して短めの作品にしておきました(笑)。『白夜』はドストエフスキーの初期の中篇作品で、後期の円熟期に大長篇を書くそのスタート地点ともいえる作品になります。
それに対して講義のいちばん最後に持ってきたのはトルストイの『復活』で、この作品を最後にすることは当初から決めていました。トルストイの長編にはほかに『アンナ・カレーニナ』や『戦争と平和』もありますが、『復活』はトルストイがおじいさんになって大作家になってから書かれた晩年の作品です。19世紀ロシア文学をとりあげた12回の講義は基本的にはわりと時代順になっているわけですが、『復活』は1899年の作品なので、まさに19世紀の最後の作品になるわけです。
他にもゴンチャロフの『オブローモフ』、ツルゲーネフの『父と子』、ゴーリキーの『どん底』のようにその作家の代表作と言える作品をとりあげつつ、いちばん有名ではない作品も入っています。
――アレクサンドル・ゲルツェンは私自身も初めて読む作家でした。『向こう岸から』が書かれた時代状況とウクライナ戦争の始まった2022年以降の時代状況とが重ね合わせて読み解かれていくのも大変印象的ですね。
奈倉 唯一小説ではない作品ですね。本の中でも書きましたが、ゲルツェンの作品はドストエフスキーがものすごく真剣に読んでいたり、トルストイもゲルツェンに言及していたり、そもそもゲルツェンがロンドンで発行した新聞『鐘』を作家たちがみんな夢中で追っていたり、この時代の文学を考える上で欠かせない存在です。19世紀のロシア文学は、時代の最先端の思想と切っても切り離せないものなので、この時代の思想家たちと文学の関係を見せたかったという思いもあります。