「睡眠のデータは病の状態をのぞくための優れた潜望鏡、あるいは虫眼鏡の役割を果たすでしょう。また、データが集積していくことによって、結果的には重要な事実が判明していくかもしれません」

 統合失調症やうつなど、精神疾患の治療に「睡眠データ」が役立つ理由とは? 「睡眠医療」の現在地を、研究者・上田泰己氏の新刊『脳は眠りで大進化する』(文藝春秋)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)

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ウェアラブルデバイスで正確な測定を

 技術的な困難があった睡眠の測定も、2010年代からは目覚ましく進んでいます。

 従来、正確な睡眠測定には「ポリソムノグラフィー(PSG)」という装置を使っていました。これは体にたくさんのセンサーを装着して就寝、一晩かけてデータを取得する装置です。しかし、これを付けてふだん通りに熟睡するのはなかなかできないものです。

 そこで最近進んでいるのが、ウェアラブルデバイスを使った測定です。腕時計型のウェアラブルデバイスは常時、気軽に身に着けられるメリットがあります。センシング技術やデータ解析技術の向上もあって、個人の健康管理に活用されるようになってきています。「アップルウォッチ」や「フィットビット」などの製品名を聞いたことがあるかと思います。

睡眠測定機能を持つ「アップルウォッチ」©getty

 睡眠測定のデバイス開発は、東京大学でも2015年に始めています。

 睡眠測定に活用できるデバイス開発にあたって問題となるのは、測定の「感度」と「特異度」でした。睡眠測定の場合の感度とは、「真の睡眠を正しく睡眠」と判定できる精度を言います。特異度は、「覚醒状態を正しく覚醒」と判定することができる精度を言います。この感度と特異度を精度よく測定できると、睡眠中の覚醒(中途覚醒)を正しく検知することができて、全体の検知精度が格段にアップします。

 私たちは、製品化されている各種ウェアラブルデバイスでテストしましたが、どれも感度はよくても特異度がよくありません。そこで、睡眠のデータ検出と解析に特化した、「睡眠覚醒判定アルゴリズム」(ACCEL:アクセル)の開発に取りかかりました。

 2020年にはアルゴリズムの開発が進んできたので、先ほど少し触れたイギリスのビッグデータを使って、応用してみることにしました。10万人の睡眠パターンをうまく解析して分類することができるか、やってみたのです。

 すると、非常に長く寝ている人、非常に短く寝ている人、おそらくシフトワーカーの人で一般的な24時間周期とは異なるサイクルを続けている人、夜型の人、不眠症気味の人、極端に睡眠が分断されている人など、16のパターンの睡眠が見えてきました。

 しっかりしたデータがあると、こうした睡眠パターン別の抽出ができることが実証されてきたわけです。こうした技術ができ、応用も見えてきたため、「睡眠健診」をやっていくとよいのではないかというアイデアも出てきました。

 このような研究成果に基づいた「睡眠健診」を提唱する活動を2020年頃から実施することになりました。