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撮影初日にいきなりフランス語の長ゼリフ

黒沢 異国のなかの日本人ということでいえば、西島(秀俊)くんが演じた患者と心療内科医の小夜子とのシーンは、フランスの病院で日本語で会話をしているという妙な感じが自然に出たと思います。

柴咲 そうですね、病院の場面は人を拉致するときとはちがって、医者としての気配りや穏やかさが感じられますが、私は逆にそっちのほうが怖いなと。小夜子の得体の知れなさというか、言動とは裏腹のことを示唆しているようなところがあるんじゃないかと思います。

──西島さんとかかわりのあった女性に話しかけるときだけ自然と穏やかな表情が出るのも印象的です。

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柴咲 あそこで彼女は母親のことを思い出したりして、相手を慰めながら自分自身に言い聞かせているような感じがします。

西島秀俊演じる患者との会話は得体の知れなさを感じる場面だ © 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA

黒沢 非常に穏やかに話しながら、一方で彼女は間接的に人を殺している。それがまさに怖いんです。たしかあのシーンは初日の撮影で、柴咲さんはいきなり長いフランス語のセリフで大変だったと思いますが。

柴咲 はい、小夜子は人に対する嫌悪感や憎しみと同時に逆の感情も持ち合わせている。その感じが表現できればいいなと思いました。

ほかにもやり方があるはずなのに、ターゲットを袋に入れて…

──オリジナル版にも出てきましたが、死体袋に拉致した相手を詰めて運ぶ場面は奇妙な可笑しさがあります。

黒沢 ほかにもやり方があるはずなのに、二人は必ずターゲットを袋に入れて連れていく。

 部屋の片隅に死体を並べておくのもそうですが、儀式のようにそれを繰り返している感じにしたかったんです。実際ほとんどのシーンで袋のなかに人が入っているので引きずるのは大変だったと思いますが。

実際に人が入っている袋を引きずって撮影した © 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA

柴咲 すごく持久力が必要でした(笑)。でも袋に入れて運んだり、死体をまとめておくことには疑問をもちませんでした。わりと片づけが好きなので(笑)。

サブテーマは「子どもに対するネグレクト」

──オリジナル版と異なる要素として、小夜子とアルベール、それぞれの夫婦関係が重要なモティーフになっています。

黒沢 主人公を女性にしたことで夫婦の関係性に自然と視点が絞られていったんです。そのなかで子どもに対するネグレクトの問題──これは日本でもフランスでも実際に深刻な社会問題になっています──がサブテーマとして浮上してきました。

柴咲 夫(青木崇高)とリモートで会話するシーンはいちばん難しかったです。かつては心のなかの思いをぶつけそうになるのを抑えていた時期もあったのでしょうが、いまやそれを通り越して虚無に近くなっているという…。