殺された娘の復讐に燃える男と、それを手助けする謎の人物。二人は犯人と思われる者達を次々に誘拐し、拷問するが、やがて驚くべき秘密が明かされる。『ダゲレオタイプの女』(16)に続くオールフランスロケ作品となった黒沢清監督の新作『蛇の道』は、1998年製作の同名作品を監督自らリメイクした異色作。
オリジナルでは、娘の復讐をする男を香川照之が、彼の協力者となる謎の塾講師を哀川翔が演じた。本作では、フランスの俳優ダミアン・ボナールが、8歳の娘を殺されたジャーナリストのアルベール・バシュレ役を、彼と偶然出会い復讐に手を貸すパリ在住の心療内科医・新島小夜子役を柴咲コウが演じ、事件の鍵を握るある財団の存在を追及していく。
90年代の日本を舞台にした不気味な復讐譚は、現代のパリを舞台に新たな物語としてどのように蘇ったのか。オリジナル版との相違点から、主人公の性別の変化がもたらしたものなど、黒沢監督にお話をうかがった。
それなら『蛇の道』をやりたいと即答しました
――『蛇の道』のセルフリメイクという企画は、どのような経緯で進んでいったのでしょうか?
黒沢 フランスのプロダクションから、僕の過去作で何かリメイクしたいものはないかと言われ、それなら『蛇の道』をやりたいと即答しました。おそらく映画監督の多くは、もし自作でもう一度撮るならこれだという一本を持っているはず。自分にとってはそれが『蛇の道』だったんですね。強い欲望として「絶対にいつかリメイクしたい」と思っていたわけではありませんが、高橋洋が書いた脚本は、実はとても普遍性のある物語で、あの構造のままいろんな別のものに変化できるんだよな、ということは常々思っていました。
――前半部分は、ちょっとしたセリフのやりとりまで、かなりオリジナルの脚本に忠実ですよね。
黒沢 後半になり謎が段々解けていくにしたがって、違う要素がいろいろ入ってきますが、基本的な部分はほとんどそのままやっています。オリジナルに忠実にやろうと意識したわけではないんですが、まあ揺るぎなかったですね。
――あえて変える必要がない、ということだったんでしょうか?
黒沢 日本で撮っていたらもっと変えていたかもしれませんね。フランスを舞台にフランス語で撮るなら、オリジナルのままの構造でもまったく同じものには見えないだろう、という安心感がどこかであったのだと思います。
実はとても具体的な要素から偶然生まれたにすぎない
――おっしゃるように、後半になるにつれてオリジナル版との大きな違いが出てきます。なかでも興味深く感じたのは、今回主人公の性別を女性に変えたことで、母親の存在や夫婦関係という新たなテーマが登場したことです。前回描かれなかった存在を組み込もうという意識があったんでしょうか。